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【R18限定記事について】
男のひと目線の描写じゃなく、女子目線でホントのところを描きたいでつ お読みいただくには、パスワードを入力いただくか下記URLからどうぞ 「小説家になろう」グループ内 R18女性向小説サイト「ムーンライトノベルズ」 灯凪田テイルのXマイページへ移動します。 http://xmypage.syosetu.com/x1507h/
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㉚Second Love

 新しい贅沢すぎる鳥籠に住んで、約3か月が経った。 初めはカーテンすらなかったマンションが、いまは有さんと選んだ家具や観葉植物やファブリックが創りだす心地よいくつろぎに満ちていた。「おはよう」 出勤のため慌ただしくメイクと身支度をしてダイニングに入って行くと、有さんから本日2度目の「おはよう」を言われる。 そう、一度目はベッドサイドで有さんに躰を優しく揺すられながらだった。1日の初めが、大好きな人の... <span style="font-size:large;"> 新しい贅沢すぎる鳥籠に住んで、約3か月が経った。<br /> 初めはカーテンすらなかったマンションが、いまは有さんと選んだ家具や観葉植物やファブリックが創りだす心地よいくつろぎに満ちていた。<br />「おはよう」<br /> 出勤のため慌ただしくメイクと身支度をしてダイニングに入って行くと、有さんから本日2度目の「おはよう」を言われる。<br /> そう、一度目はベッドサイドで有さんに躰を優しく揺すられながらだった。1日の初めが、大好きな人のセクシーな声といまでもドキッとするド・ストライクのクールな顔だなんてヤバ過ぎる。<br />「おはようございます」<br /> そう言ったあたしの全身を、有さんが素早く抜かりのない眼でチェックしたのがわかった。<br />「合格?」<br /> 上目づかいで背の高いひとを見ながら、そう訊く。<br />「まぁ、ぎりぎり、だな」<br /> ホッとした、だってもう出勤時間だってぎりぎりだから、着替えてる暇はない。朝ご飯を諦めるなら別だけど。<br />「そのVネックは広すぎないか?」<br /> そんなこと、ありません!普通のVネックです。<br /> 心の中だけで、そう言った。だって、仕事を続けさせてもらえるだけでラッキーなのだ。<br /> 俺の傍にいればいい、経済的には菜乃果が働く必要はないと言う有さんを懸命に説得したけど、まだ100%納得していないのはわかっている。<br /> 有さんだって働かなくてもいいくらいの資産があるけど、働いているのはお金のためというより自分自身の生きがいとか人生のためでしょ?あたしだってそうだ、仕事は大変なことも多いけどやっぱり楽しいし充実感がある。<br />「スカーフ巻くから」<br /> 譲歩するあたしの傍にやってくると、有さんはVネック部分に人差し指をひっかけてクイッと引くと中を覗く。<br />「こうすると、谷間どころかお腹まで丸見えだ」<br />「そ、そんなことする人、会社にはいませんからっ!」<br />「外出先にヘンタイがいたらどうする?」<br /> 滅多にいないと思います。それより恋人だから許される、そのヘンタイ行為を止めてもらえますか?こんな爽やかな、出勤前の朝ですし。<br />「外出するときは、浅野に尾行させよう」<br /> や、やめてください。あ、こら、スマホを手にするな、マジですか?<br />「ゆ、有さん。そんなに引っ張ると、逆に伸びちゃうから」<br /> その言葉でヘンタイ行為を取りあえず止めてくれたヘンタイ、じゃなくて愛しのドS様だったけれど。結局スカーフで首から胸元までを、しっかり覆われてやっとOKが出た。<br /> デザイン・センスが抜群だから、隠すという本来の目的をクリアしながらも、おしゃれに見えるのが救いだ。これから真夏を迎えたらどーすんだろ、という一抹の不安は考えないことにした。<br />「お腹空いたぁ~」<br />「すぐ出来る」<br /> ミルクティーとフルーツとヨーグルトをなんとかかき込んで、ぎりぎりセーフであたしは家を出た。<br /><br /><br />✵ ✵ ✵<br /><br /> 朝食を食べながら確認した有さんの今日の予定は、こんな風。<br /> 午前中は小梅さんが働く広告プロダクション「アラタ」で打ち合わせ、その後ジムで軽く汗を流してから昼食。午後は書店とスーパーに寄って帰宅。帰宅後は頼まれた仕事をしたり、絵を描く予定だそうだ。因みに夕食は、いいお魚があったらカルパッチョがメインだそうだ。うわ、楽しみ。<br /> 有さんのいまの肩書はフリーのプランナー&ディレクター、美大の非常勤講師、画家。別荘で描いた絵の一つが割に権威ある賞を受賞してから、祥子さんとしては画家一本に絞らせたかったようだけど、美大の非常勤講師の方は野島教授が、広告の仕事の方はお世話になった新田さんという人が訊く耳持たなかったらしい。<br /> でも家に籠りっきりになるよりは逆に異なる刺激があっていい、と有さんは笑っていた。<br />「そうでしょ、そうでしょ。だから、あたしも仕事を続けられて嬉…」<br />「俺の仔猫は、外に刺激が欲しいのか?」<br /> うわ、やばい。違いますよぉ?<br />「ち、違うってば。ほ、ほら、あたしなんか、まだまだ社会勉強中で。雇ってくれた会社に全然、貢献できてないし」<br />「その会社への貢献なら、俺が違う形でしてやってもいい。やっぱり仔猫は、俺の傍に…」<br />「みゃー!みゃー!みゃー!」<br /> もう返す言葉が見つからなくて、非常手段に出て必死で首を横に振った。<br />「わかったよ」<br /> へ?これで、わかったの?よし、頑張った、仔猫。<br />「そんなに俺の傍にいたいか?」<br /> ちーがーうー!!<br /><br /> 兎にも角にも、そんなこんなで時折、仕事を辞めなければならない危機と戦いながら、あたしはもうすぐ正社員にしてもらえる。く~、嬉しいよぉ。<br /> 週に3回ほどハウスキーパーさんが来て、掃除や洗濯、ちょっとした買い物も頼めばしてくれる。<br /> 平日の朝は主に有さんが朝食をつくってくれる。あ、でも大概あたしたちはフルーツとヨーグルト、ベーグルかライ麦パン、それに有さんはコーヒー、あたしは紅茶とシンプルだ。<br /> 夜はこれもほとんど有さんがつくってくれるか外食、もちろん早く帰れるときはお手伝いする。<br /> その代わり、休日は一緒にキッチンに立つ。まだまだ有さんの方がレパートリーが多いし上手なのが情けないけれど、あたしも大分できるようになってきた。<br /> 籍は入れたけど、結婚式は有さんのお母さんの喪が明けてから。<br /> そう、あたしは沢口菜乃果から、氷川菜乃果になった。まだまだ「氷川さん」と呼ばれると、キョロキョロしたりどぎまぎしてしまうけど。<br /> これでちゃんと、法的にも有さんのものになった。うん、凄く安心する。見えない鳥籠にきちんと収まった安堵感、見えない首輪をちゃんとしてもらった安心感だ。<br />  <br /> そして。<br /> 有さんが「見せたいものがある」と言ったあの絵。<br /> <br />「こ、これ…」<br />「ああ」<br />「あたし?」<br />「菜乃果以外に誰がいる。俺の創作意欲をかきたてるのは、俺の可愛い仔猫だけだ」<br /><br /> その有さんの仔猫は、白いシーツを躰に巻いて振り返って立っていた。<br /> 左肩から背中までが露わになり、左足は膝から下の素足が剥き出しだ。色素の薄い栗色の髪は、ゆったりとウェーブを描いて降ろされ、背中の半分をかろうじて隠している。<br />「描きながら、俺はいつも想っていた」<br />「お母さんの絵を、描いているのだと思ってた」<br /> そう、確かめたくて、でも怖くて、キャンバスを覆う布に手を伸ばしたあの日。結局あと数センチの勇気が、あたしにはなかった。<br /> 有さんはあたしを背後から抱きしめると、あたしの頭に顎を乗せた。<br />「菜乃果の絵を描くことが支えで、俺に与えられた一番大切な仕事だって気がした」<br />「一番大切な仕事?」<br />「ああ、人生のな。俺はこのために生まれてきたのだと思った。こんなセンチメンタルな俺は、俺らしくないか?」<br /> ううん、嬉しい。あたしだって、有さんの仔猫でいるためにこの世に存在していると思うから。<br />「じゃあ、あたしのライフワークは、有さんの仔猫でいることだね?」<br /> 有さんが嬉しそうに笑ったのが、気配でわかった。<br />「このマンションが希望の光だと言ったが、この絵は俺自身の心象風景だ」<br />「心象風景?」<br />「ああ、菜乃果と離れてから、俺の心のほとんどをこの姿のお前が占めていたんだ。描かなければ、居ても立っても居られないほどに」<br /> それは、どんな愛の言葉よりも、嬉しい告白だった。あたしは、「愛している」という言葉を心のどこかで信じていない。きっと有さんも、そうだと思う。だってあたしたちふたりは、その言葉を互いにあまり言わないし、特別求めてこなかった。<br /> それよりももっと確かなもの、それは感じ合うことだったり、熱のこもった吐息だったり指先だったり、執着だったり独占だったりジェラシーだったり。<br />そしてなにより、突き動かされる、抗うことなどできない衝動だ。躰の一部が千切れるような、ひりひりと痛むような、ぎしぎしと軋むような居ても立っても居られない想い、それをあたしも信じている、感じている。<br /><br /> キャンバスの中のあたしはその眼で、描かれてはいない愛しいひとをちゃんと見ていた。視線の先には唯一無二のひとが確かに存在している、そんな眼が描かれていた。そして絵の中のあたしはちゃんと生きた意思を持ち、そのひとに向かってこう言っていた。<br /> <br /> あたしを、本当の初恋に突き落としたひと。<br /> 2度目の恋を別の誰かにするなんて、最初から許していなかったひと。<br /> あたしのFast Love、そしてSecond Loveもやっぱりあなただった。<br /> あたしはこの先ずっと、あなたに何度でも恋をする、あなただけに。<br /><br /> 冷たい仮面の下に熱い独占欲を隠した、いざとなったら卑怯にも姑息にもなれる大人のオトコ。あたしの唯一の真実、絶対的な愛しい悪魔。<br /><br /><br /> それが氷川 有、別名「アイス」。<br /><br /><br />                             〈了〉</span><br /><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br /><br />
  • Date : 2017-04-29 (Sat)
  • Category : アイス
639

㉙満腹のあとの、空腹と満腹

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  • Date : 2017-04-23 (Sun)
  • Category : アイス
638

㉘この完璧な世界

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  • Date : 2017-04-22 (Sat)
  • Category : アイス
637

㉗愛しい悪魔、健在

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  • Date : 2017-04-19 (Wed)
  • Category : アイス
636

㉖終わりよければ

「ご~め~ん~な~さぁ~い!」 溝口さんが上から目線で(背があたしよりかなり高いので必然的にそうなる)、そう謝った。だけど言葉とは裏腹に楽しそうで、頭を下げる気配もない。「い、いやぁ、いいですけど。むしろ、そんな依頼、迷惑でしたよね?申し訳ありませんでした」 あたしの方がいつも以上に低姿勢でそう言うと、溝口さんはさらに楽しそうにケラケラ笑い出した。「あっは。でも楽しかったぁ、あたし、一度でいいから... <span style="font-size:large;">「ご~め~ん~な~さぁ~い!」<br /> 溝口さんが上から目線で(背があたしよりかなり高いので必然的にそうなる)、そう謝った。だけど言葉とは裏腹に楽しそうで、頭を下げる気配もない。<br />「い、いやぁ、いいですけど。むしろ、そんな依頼、迷惑でしたよね?申し訳ありませんでした」<br /> あたしの方がいつも以上に低姿勢でそう言うと、溝口さんはさらに楽しそうにケラケラ笑い出した。<br />「あっは。でも楽しかったぁ、あたし、一度でいいからヒール役やってみたかったのよぉ。せっかく憧れの先輩に頼まれたんだからって、つい張り切っちゃって」<br />「………」<br /> 張り切るなよ、どんだけノリノリだったんだよ、と心の中であたしはツッコんだ。<br /><br /> なんと有さんは、溝口さんの中等部時代の先輩だったのだそうだ。しかも同じバレー部。<br /> 有さんがバレー部だったなんて驚きだったけれど、背の高さや細いけれど無駄のない筋肉のつき方から想像に難くはない。<br /> 中学時代の有さんはバレー部と美術部かけ持ちで、そんな忙しさの中でも頭が良く、他の生徒たちに比べても大人びていて神秘的でめちゃくちゃモテたのだそうだ。<br /> 溝口さんもそんな一つ上の先輩に憧れていた一人だそうで、同じバレー部で男勝りの性格のせいか、むしろ話しも気さくにできて他の女生徒たちに羨ましがられていたのだそうだ。<br /> 高等部に行ってからは、有さんはさすがに美術部1本に絞ったらしいが、それでも試合はときどき見に来てくれたらしい。<br /> それぞれ大学に進んでからは、OB会で顔を合わせる程度にはなっていたが、社会人になってからも有さんの噂は訊いていたそうだ。<br />「それが、あるとき直接電話がかかってきて」<br /> なぜだか眼を潤ませ、両手を胸の前で組み合わせながら溝口さんは続けた。<br />「あたしがいまの会社に転職したこと、ちゃんと知っててくれて。希望がかなって良かったなって言ってくれたの。あたしがずっと昔に話した希望の職種を覚えててくれただけでも感激なのに、俺の役に立ってほしい、溝口にしか頼めないって言われたら、もう…」<br /> 有さんたら、ったくもう!<br />「ずっと憧れだった氷川先輩からそんな風に言われたら、断れないじゃなぁい?」<br /> 断れよ、そんな眼をハートにしてないで。<br />「でも、あなたが氷川先輩の…その、こ、恋人?だって訊いて、ちょっとショックで。だから尚更、リキ入っちゃって」<br /> リキ入れて、苛(いじ)めるなよ。お蔭であたしは、キツかったよ。<br />「でも、感謝してねぇ。ちゃんと氷川先輩には逐一報告してたし、専務のことも牽制してたから」<br />「け、牽制?」<br />「そ。気づかなかった?あなたの日々の失敗やら、過去の恋愛のことやら、あることないこと吹き込んでおいたから」<br /> 吹き込むなら、せめてないことは止めといてほしかった。あたしは、がっくりと肩を落とした。<br />「あらぁ、大丈夫よ。専務は仕事さえきちんとしてくれれば、とか何とか言ってたから」<br /> それじゃあ、ないこと信じたんじゃないか。酷いよ。<br />「あとで、あれは巧妙に仕組まれた噂話でしたって言っとくから」<br /> もう遅い気がするけど、でも専務とは仕事上の関係は良好だから、いいや。<br />「はぁ。でもなんか、いろいろ申し訳ありませんでした。有さんが…」<br /> そこで溝口さんの眉が、ひくりと上がった。<br />「ふぅん、いいわねぇ。有さん、なんて呼んでるんだ?」<br />「あ、い、いやっ」<br /> あたしは慌てて、上ずった声を出した。いや、いいじゃん。だって、あたしたちは。<br />「ま、しょうがないわ。あたしにとっては永遠に憧れの存在…」<br /> ちょっと遠い眼をした溝口さんが、最後に恐ろしいことを口にした。<br />「にしても、ヒール役って想像以上に楽しいものねぇ。やだ、クセになりそうだわ、あたし。ふふふ」<br /> ふふふ、じゃないから。<br /> 背中越しに手をひらひら振って去って行く彼女を見送りながらあたしは思った。<br /> まじ、彼女ってこんなキャラだったっけ?<br /><br /><br />✵ ✵ ✵<br /><br />「ワリぃ、ホント申し訳ないっ。てか、なんで俺怒られんの?ドツくなら彼氏、氷川さんだろ」<br />「何言ってんですかっ。お金で買われてスパイするなんて!」<br />「いや、だから。俺を金で買ったの、あんたの彼氏だから」<br /> そうだけど、でも有さんには怒っても怒りきれないし。すぐにはぐらかされて、丸め込まれてしまうし。<br />「いまはもう、監視・報告料なんて貰ってないですよね?」<br /> 両手を腰に当てて精一杯強く出ているあたしに、浅野さんはふわぁ~と大きな欠伸を一つすると答えた。<br />「そーなんだよ。いや、てことはだよ。もう俺、ここで働かなくていいんじゃね?」<br />「それとこれとは、別の話ですっ!」<br />「そお?」<br /> そお?、じゃないでしょう。浅野さんが外部スタッフになっているのは、社長と専務の希望なんだから。むしろ有さんから頼まれた監視役は、おまけっていうか臨時のアルバイトでしょう。<br />「もう、本末転倒ですよ、浅野さん」<br /> まあまあと呑気な浅野さんに、あたしは頭を抱えた。<br />「でもさ、凄いな、菜乃介は」<br /> は?<br />「わかんないか?あの氷川さんが、そこまでするとは思わなかったよ。相当な執着だな、あれは。あんなクールな、いや俺が知っている限り冷酷無慈悲な氷川さんがだよ、こんなに独りの女にゾッコンのめり込んでメロメロになるとはびっくりだよ」<br /> そう言われて、あたしは顔が火照るのを感じた。<br />「お?嬉しそうに照れちゃって。あれはまさにベタ惚れだな、ヘタしたらストーカー並みだな。ほら、もっと赤くなれっ」<br />「もうっ、面白がらないでくださいよ」<br />「いや、だって。実際おもしれーし。そうじゃなきゃあ、俺がいくら金欠だからって、人の彼女の監視なんか面倒でやんねーよ」<br />「そ、そうですよね」<br /> なんだか、申し訳ない。<br />「だけど愛されてんな、菜乃介。あの氷川さんがあれほど変わるなんて、俺、恋愛ってもの悪くないんじゃないかって思ったよ」<br /><br />「なにが、悪くないんですかぁ?」<br /> そのとき外出していた並木さんが、戻って来た。<br />「あ、おかえりなさい。並木さん」<br />「なに?何の話してたの?」<br />「い、いや、なんでも…」<br /> そう言いつくろおうとしたあたしを遮るように、浅野さんが言った。<br />「いやぁ、俺も本気で恋してみようかと思ってさ」<br />「はぁ?」<br /> 並木さんが、思いっきり呆れた表情をする。<br />「どうだ、リオン。俺と一夜のアバンチュールをしてみないか?」<br />「ばかですか、浅野さん。アバンチュールは本気の恋とは真逆です。それにその誘い文句、思いっきり昭和です。悪いですが、あたし平成生まれなんで」<br /> まあ、いわゆるいつもの、けちょんけちょんである。<br />「そう言うなよ、リオン。お前はほんっとに、いつも容赦ないな」<br />「はいはい、忙しいので。邪魔しないでください」<br /> ぷ、とあたしは吹き出しながら、相変わらずの並木さんと浅野さんの掛け合いを眺める。平和が、今度こそ本当に日常の平和が戻って来た。<br /> 有さんという確かな真実を再び得て、自分がいま生きている世界がやっと現実と同じ色<br />彩を持ったような気がした。</span><br /><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br /><br />
  • Date : 2017-04-16 (Sun)
  • Category : アイス
635

㉕人の悪い種明かし

 渦中にいるときはわからなくても、そのときが過ぎ去ると見えてくるものがある。 すべては、必要なことだったのだ。 有さんにとって、お母さんにとって、そしてあたしにとっても。 有さんは失われた季(とき)を取り戻し、お母さんと過ごすことができた。そしてお母さんとお父さんの出逢うべくして出逢った必然を理解し、受け入れることができた。自分の存在が望まれていたこと、愛されていたことを、ある感慨を持って信じるこ... <span style="font-size:large;"> 渦中にいるときはわからなくても、そのときが過ぎ去ると見えてくるものがある。<br /> すべては、必要なことだったのだ。<br /> 有さんにとって、お母さんにとって、そしてあたしにとっても。<br /> 有さんは失われた季(とき)を取り戻し、お母さんと過ごすことができた。そしてお母さんとお父さんの出逢うべくして出逢った必然を理解し、受け入れることができた。自分の存在が望まれていたこと、愛されていたことを、ある感慨を持って信じることができた。<br />終わりの見えない、終わらないかもしれない長い「待つ」という行為、それでも待たずにいられなかった有さんの孤独な旅はいまやっと報われたのだ。<br /> お母さんは有さんに、心から愛したたった独りの子供に、最期にそんな贈り物をして旅立って行った。<br /> ブラックスーツで澄み渡った空を見上げた背の高いひとは、なぜだかむしろ幸福そうに見えた。<br /><br /><br />✵ ✵ ✵<br /> <br />「え~~~、酷いよっ!」<br /> ホテルの一室で、久々に有さんと濃密なときを過ごした翌朝、あたしはぷんぷんにむくれて盛大に抗議していた。<br />「ああ、そうだ。俺は酷い男だ。嫌いになったか?」<br /> うん、酷い上に狡い男でもある。<br /> だって嫌いになれるわけがないって知ってて、そんな質問をするんだから。<br />「どうして、ひと言『待っててくれ』って言わなかったの?」<br /> キャミソールとショーツというあられもない格好のままそう言ったあたしの頬を、有さんの長くて綺麗な指が突く。<br />「『待っててくれ』という言葉だけは、簡単に口にできなかった」<br /> それは、待つことの苦しさを、有さん自身が一番痛感していたからなの?<br />「『待つ』ということは、終わりのない旅のようなものだからな」<br /> でも有さんに言われたら、終わりのない旅でも叶うことのない希望でも、あたしは迷わず従った。ううん、言われなくても結局あたしは開け放たれた鳥籠の隅にうずくまって、待っていたのだ。外界へ繋がる入口に気づかないふりをして、飛ぶことを永遠に忘れた小鳥みたいに。<br />「でも、だからって…」<br />「そうだな、我ながら情けないと思うよ。だけど、どうしても菜乃果のいないこの先の人生が耐えられなかった。だからどんなに姑息でも卑怯でも未練がましくても、そうせずにはいられなかった…」<br /><br /> 惺が見つけてくれたと思っていたマンションは、実は有さんが手配したものだった。<br /> しかもご丁寧に、鳥籠風にアレンジして。<br />「アイアンのシェルフもライトも、俺がデザインした特注だ。壁紙も、俺が描いたものをもとに起こしたオリジナルだ」<br /> なんて手の込んだ、しかもお金もかかる。<br />「菜乃果に、一目で気に入ってもらわなくてはならなかったからな」<br /> 有さんは憎たらしくも、そう言って確信犯的に笑った。<br />「じゃあ、惺は最初から共犯?」<br /> 有さんがまたにやり、と笑う。<br /> ったく、もう。惺も後でとっちめてやる。<br />「菜乃果、俺がお前のために用意した鳥籠の中は快適だったか?」<br /> そう言って有さんは、あたしの鎖骨に舌を這わせた。<br />「っん、ダメ。もう、有さんなんかっ」<br /> 嫌いって、それでも言えない。<br />「じゃあ、もしかして、あたしが考えているより家賃も高い?」<br /> 有さんは、涼しい顔でくすりと笑う。<br />「男子禁制、セキュリティは万全、広さと立地からいっても、まあ、軽く2倍以上だ」<br /> あんぐり、と口を開けて、あたしはすぐには声も出なかった。そりゃそうだよね、あたしのバカ、世間知らず。<br />「じゃ、じゃあ、足りない家賃はどうやって…」<br />「あのマンションの施工管理会社は、俺の高校の同級生の親父がやっている。同級生は管理部門の取締役に収まっているし、広告会社時代に仕事でいろいろ手伝ってやったからな」<br /> そういうことか、にしても有さんの人脈って…。<br />「あたし、知らなかった。そんなに家賃が高かったなんて…しかも、それを有さんが払ってたなんて」<br /> 情けなく眉を落としたあたしに、むしろ嬉しそうに有さんは言う。<br />「俺の可愛い仔猫を飼っておくには、それくらいしないとな。それに少しも高くなんかない」<br /> そんな有さんに、あたしはずっとモヤモヤし続けていたもう一つの疑問をぶつけた。<br />「ねえ。まさか、もしかして、浅野さんも…」<br />「ああ、あれは菜乃果の監視役として雇った」<br /> や、雇ったぁ? じゃ、じゃあ、ってことは…。<br />「浅野さんの借金を肩代わりしたのは…有さん?」<br />「肩代わりと言うか、契約金として払った」<br />「ひゃ、百万も!?」<br />「ああ。そのほかに毎月、監視・報告料として…」<br /> あたしは思わず、耳を塞いだ。なんだか恐ろしくて、訊きたくなかった。<br /> そんなあたしを面白そうに眺めると、有さんは優雅におでこにキスをする。もう、余裕があり過ぎっ。<br />「ったく、浅野さんたらぁ~。後でシメるっ!」<br /> 威勢よくグーをつくったあたしを両腕に閉じ込めて、顔中にキスを落とす有さんに念のため確認する。<br />「もう、それだけでしょうね?」<br /> すると有さんは、きょとんとした顔でとんでもないことを言った。<br />「菜乃果は、どれだけ鈍いんだ」<br /> やだ、有さんのきょとん顔可愛い…じゃなくって。<br />「に、鈍いって、どういうこと?」<br /> あたしの右胸をやわやわと揉みながらうなじに舌を這わすと、有さんは訊ねた。<br />「誰か、根はいいヤツだが直球過ぎる女が訪ねてこなかったか?」<br /> 根はいいヤツだけど直球過ぎる女…って、決まってるよね。<br />「り、りこさんっ?」<br />「正解」<br />せ、正解じゃぁないよ。りこさんが訪ねてきたのも、有さんの差し金だったってこと?<br />「た、頼んだの?りこさんに」<br />「まさか」<br /> 有さんは今度はキャミソールをたくし上げて、露わになった頂を食んだ。<br />「っきゃ。も、もう、有さんダメっ!」<br /> ちゃんと確かめておかないとと思うのに、次々与えられる快感に思考が邪魔される。<br /> そんなあたしの耳元に、ふぅと息を吹きかけると有さんはとてもとても楽しそうに言った。だめだ、ぞくぞくする。耳ほんとダメ。<br />「りこには、ただ別れたって言っただけだ」<br />「っく、ふ、ふぇ?」<br /> 快感に流されそうになる思考をなんとか宥(なだ)めて、でも間抜けな声をあげてあたしは有さんを見る。<br />「可愛いな、菜乃果。もっと訊かせて、俺の仔猫のそそる啼き声」<br />「も、もうっ。ホントにダメっ!」<br /> あたしは必死で有さんを両手で押して、なんとか躰を離す。<br />「ただ、言った、だけ?」<br /> まだ上下する胸と躰のほてりを誤魔化しながら、あたしはバカみたいにオウム返しで訊く。<br />「ああ。そうしたら、りこがどういう行動に出るかは、予測ができたからな」<br /> そう言えば、惺もなんかそんなようなことを言っていたような…。<br />「こ、怖かったし、あたし、悲しかったんだからっ」<br /> 有さんの胸を両手で叩くあたしを、有さんはまた抱きとめる。<br />「それは、悪かった。でも、俺は嬉しかった。りこが、あの子はまだ有さんのことを全然忘れてない、忘れられる日が来るのか疑問だわって言うのを訊いてな」<br /> そうだ、りこさんにいろいろ問い詰められて、あたしは何一つ満足な答えができなかったけれど、あのとき一つだけはっきりとわかったのだ。<br /> 自分にとって一番大切なのは真実、その真実は紛れもなく有さんが好きだってこと。たぶんずっと、一生変わりなく。<br />「りこさん、怖かったけど。でもね、一つだけはっきりとわからせてくれたの」<br /> なにを?と促すように有さんが小首を傾げて、その仕草がドキッとするほど大人で男の色気がある。<br />「そのとき、真実が見えたの。あたしはずっと有さんの籠の鳥でいたくて、一生有さんの仔猫でいるんだって決意してる自分」<br />「菜乃果…」<br /> 有さんはクールな眼に優しさの影を宿して、軽く唇にキスを落とすと強く抱きしめた。<br />「そんな可愛いことを言うと、手酷く食べてしまうぞ」<br /> いいよ、有さんになら。どんなことをされても。<br /> だけど、いまはもう少し確認しなくっちゃ。うん。<br />「ねぇ、後は?まだあるの?」<br /> 有さんは、少し残念そうにあたしを強く拘束する腕を緩めて、顔を覗き込むと言った。<br />「そうだな、もう一人いるな」<br /> まだ、いるの!?<br />「だ、誰?」<br />「誰だと思う?」<br />「あの…ヒントは?」<br /> 有さんはくすりと悪戯っぽく笑うと、あたしの頭を撫でながら言った。<br />「性別は、女だ」<br /> え。 まさか、並木さん? じゃないな、瑞希さん?な訳ないし。<br />「しょ、祥子さん?」<br />「まさか。それに祥子とは頻繁に会わなかっただろう?」<br /> え~、てことは頻繁に会う人…じゃあ。<br />「並木さん?」<br />「誰だ、それ?ああ、同僚のスタイリスト、だったか?浅野がそう言えば、そんな名前を口にしていたな」<br />「瑞希さんでもないよね?」<br />「当たり前だ。身体の弱い彼女に、そんなこと頼めるか」<br /> わからん、マジわからん。誰だろう?<br />「会社に背の高い、上から目線の先輩はいなかったか?」<br />「ぎょ、ぎょえぇ~~~!ま、まさかっ溝口さん??」<br /> 有さんが、その日一番人の悪い顔でにゃぁ~と笑った。<br /></span><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br /><br />
  • Date : 2017-04-15 (Sat)
  • Category : アイス
634

㉔奇跡と幸福

 あたりがすっかり真っ暗になるまで、有さんと惺、あたしは探したけれど、結局お母さんは見つからなかった。これ以上は逆に危険だということで、捜索隊も含めその日は終了となった。 森田さんには帰ってもらい、お父様とお母様はいつも使っているという寝室に入った。有さんと惺、あたしはリビングのソファで毛布に包(くる)まっている。「菜乃果さんは、ベッドで寝て」 眠れないのか、しばらくするとお母様が降りてきてそう気... <span style="font-size:large;"> あたりがすっかり真っ暗になるまで、有さんと惺、あたしは探したけれど、結局お母さんは見つからなかった。これ以上は逆に危険だということで、捜索隊も含めその日は終了となった。<br /> 森田さんには帰ってもらい、お父様とお母様はいつも使っているという寝室に入った。有さんと惺、あたしはリビングのソファで毛布に包(くる)まっている。<br />「菜乃果さんは、ベッドで寝て」<br /> 眠れないのか、しばらくするとお母様が降りてきてそう気遣ってくれたけど、あたしはここに居たいのだと断った。<br /> <br /> 早朝、まだ朝靄(あさもや)が立ち込める中、あたしは別荘の庭に出た。<br /> 9月末は、避暑地ではもう完全に秋だ。ひんやりとした大気の中で、周囲を見回す。<br />「菜乃果」<br /> 有さんも、庭に出てきた。<br />「結局、眠れなかったな」<br /> そう言って、有さんはあたしの肩を抱く。その温もりを感じながら、あたしは一点を見ていた。<br />「ねぇ、有さん。考えたんだけど」<br />「なんだ?」<br />「お母さんが向かうとしたら、どこだろう?」<br /> 有さんは答えない。それはそうだ。それがわかれば、そこを探すはずだ。<br /> あたしは、前方に広がる小高い丘を指さして言った。<br />「有さん、あそこへ行こう。あそこなら周囲が見渡せる。昨日みたいに闇雲に山林や沢地を探しても、範囲が広すぎるもの。今日はあそこで、お母さんが行きそうな場所をまず考えてみよう?」<br /> 有さんはちょっと難しい顔をして考えていたけれど、やがて「わかった」と頷いた。<br /><br /> そして見晴らしよく開けすぎていたため、昨日は捜索していなかった小高い丘で、大きな木の根元にうずくまるようにして眠るお母さんを有さんとあたしは発見した。<br /> まるで魔法のような、でもあっけないほどの、奇跡だった。<br /><br /><br />✵ ✵ ✵<br /><br /> 病院に運ばれたお母さんは、とても衰弱していた。右手首を骨折し、左足首にヒビが入っていた。とても痛かったはずなのに、どうやってあの丘まで辿り着くことができたのか。<br /> か細く冷たくなり、痛々しく患部が腫れあがった身体をベッドに横たえ、いまは少し苦しそうに胸を上下させている。<br />「心臓が、かなり弱っています」<br /> もともとあまり丈夫ではなかった上に、精神的に追い詰められてからはいっそう身体が弱り、とくに心臓に問題を抱えていたらしい。<br /> お医者様の言葉に無言で頷いた有さんは、お母さんのベッドの傍に座ると、包帯が巻かれていない方の小さな手を取った。<br /> ひくり、とお母さんが反応して、ゆっくりと眼を開けた。<br />「あ、き、ひと?」<br /> 有さんの眼が驚きに見開かれる。<br />「…と、透子さ…いや、お母さん。いま、なんて?」<br /> 天井に向けられていたお母さんの眼がゆらりと揺れて、今度は有さんの方を向く。<br />「あき…ひと。暁仁、なの、ね?」<br />「っ、お母さん!」<br /> これまで有さんのことを「仁さん」と、お父さんの名前で呼んでいたお母さんが…。驚きとどう表現していいかわからない感情に、あたしの胸は潰れそうだった。<br /> それからお母さんは、また天井の方を見て、虚空に両手を伸ばす。<br />「じ、ん、さん。仁、さん。ああ、迎えに来てくれたのね。やっと、やっと来てくれた。仁さん」<br /> その手を、有さんが掴む。まるで、お母さんをこの世に繋ぎとめるかのように。<br />「仁さん、暁仁よ。暁仁が見つかったの。仁さん、あたしたちの子供、宝物よ」<br />「お母さん…」<br />「ああ、ほら、見て。似てるわ、仁さんに。理知的な瞳、品のある薄い唇、彫刻のような鼻梁、ああ何もかも、骨格まで仁さんにそっくりよ」<br /> 佐伯仁という画家の、若い頃の写真をあたしは見たことがある。ネットで探したら、すぐ見つかるほどの高名な人だったし。とくに海外から帰り、注目されはじめた頃の写真は、姿形が有さんを彷彿させるものだった。<br /> 佐伯仁という人の方が、有さんより少し骨太で眼光が鋭い。でも有さんの骨格が似ているのはわかるし、有さんのクールな眼と長い睫毛はお母さんの涼やかな瞳ともそっくりだ。<br />「仁、さん。やっと、やっと…これで一緒にいられるのね。嬉しい、仁さ、ん」<br /> お母さんは再び虚空に手を伸ばすと、ぞっとするほど美しい顔で微笑んだ。<br /> あたしは、この世のものとは思えないほど透明な美しさに息を飲むと同時に、何故だか涙がひと筋流れた。<br /> お母さんから眼を離さずにいたはずの有さんが、ゆっくりとあたしの方を見るとその涙に唇を寄せた。有さんの唇は微かに温かくて、あたしをもっと切なくさせた。<br /><br /><br />✵ ✵ ✵<br /><br /> 大きな物音に目を覚ました透子は、ぼんやりと窓の方を見やった。<br /> 微かに意識が朦朧(もうろう)として、身体は鉛のように重かった。そろそろと身を起こそうとするが、自分の身体なのにいうことを訊かない。いったいいまが何時なのかわからないが、窓から陽の光が射し込んでいるから夜でないことはわかった。<br />「じ、ん、さん?」<br /> 大切な人がいない、いつからだろう?どこへ行ってしまったのだろう?<br /> 急に悲しく不安な思いが込み上げて来て、透子は拗ねた子供のように布団を頭からかぶった。<br /><br />「どうしたの、透子?」<br /> そのとき、大切な人の声がして、透子は今度はがばりと布団を剥いだ。<br />「透子、ここだよ」<br /> 声のする方を見ると、愛しい人が、生涯でたった独り愛した人が、窓の外で微笑んでいた。<br />「仁さんっ」<br />「ああ、そうだよ。僕だよ、透子」<br />「仁さん…なの?」<br />「そうだよ、透子。迎えに来たよ」<br />「迎えに?」<br />「ああ、遅くなってごめんよ。でも、ちゃんとこれからは一緒にいられるから」<br />「ほんとう?」<br />「本当だとも。たくさんのことを片づけてきた、キミのために」<br /> 透子は嬉しくなって、ベッドから起き上がる。さっきまで鉛のようだった身体は、いまは羽のように軽い。透子は窓に駆け寄った。<br /> 窓が自然に開いて、愛しい人が透子へ手を伸ばす。<br />「さあ、行こう、一緒に。これからは思う存分、透子の絵を描くよ。透子だけを描くよ」<br />「あたしの、絵を、描いてくれるの?」<br />「ああ、僕が描きたいのは透子だけだ。キミだけが、僕の創作意欲をかきたてる」<br /> 手を伸ばすと、愛しい人がしっかりと自分を抱きとめた。<br /> そしてふたりで飛んだ、空高く。<br /> ふわりふわり、風に乗って、ふたりは小高い丘の上に降り立った。<br />「見てごらん、透子」<br /> 愛しい人が指さした先には、見たこともない美しい風景が広がっていた。小さな赤い三角屋根の教会、その上の空には天使たちが舞っている。真っ白な薄いドレスを着た女の人が竪琴を弾いていて、ピンクの頬をした子供たちが鈴の音のような声で歌っていた。<br /> 草をはむ羊の傍には、羊飼いの少年が寝転び、その傍らに毛むくじゃらの牧羊犬がのんびり寄り添っている。<br /> 空には虹がかかり、花の雨が降り、小川は金色だった。<br />「きれい…仁さん、きれいだわ」<br />「あそこで、透子とふたりで暮らすんだよ」<br />「素敵…」<br />「ずいぶんと遠回りをしてしまったけれど、僕たちの運命は決まっていたんだ。そしてその運命通りに、出逢ってしまった」<br />「ええ、出逢ってしまったわ。あたしたち」<br /><br /> 時折眼を覚まして、お母さんが幸せそうに語る内容を繋ぎ合わせると、そういうことだった。そのお母さんの恍惚とした表情を見て、有さんはやっと安堵した顔になった。<br /> お母さんは、そのとき、そしていま、とても幸福なのだと実感できた。その紛れもない事実が、あたしたちに不思議な感動をもたらした。<br /></span><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br />
  • Date : 2017-04-12 (Wed)
  • Category : アイス
633

㉓開け放たれた窓

「菜っ葉!」 マンションの前に止まった車の後部座席のドアが開いて、惺が出てきた。 運転しているのは、有さんと惺のお父様。助手席にはお母様も乗っていた。 有さんは自分の車で、すぐに別荘へ向かうと言ったそうだ。 非常事態ということで、ご両親と一緒に別荘へ向かうと言った惺に、あたしは同乗させてほしいと頼んだのだ。「菜っ葉、だって会社は?明日は月曜だぞ」「緊急事態だからって、連絡する」「大丈夫なのか?」「... <span style="font-size:large;">「菜っ葉!」<br /> マンションの前に止まった車の後部座席のドアが開いて、惺が出てきた。<br /> 運転しているのは、有さんと惺のお父様。助手席にはお母様も乗っていた。<br /> 有さんは自分の車で、すぐに別荘へ向かうと言ったそうだ。<br /> 非常事態ということで、ご両親と一緒に別荘へ向かうと言った惺に、あたしは同乗させてほしいと頼んだのだ。<br /><br />「菜っ葉、だって会社は?明日は月曜だぞ」<br />「緊急事態だからって、連絡する」<br />「大丈夫なのか?」<br />「大丈夫でなくても、行きたい」<br />「わかった、迎えに行く」<br /> 行かなければいけない気がした。あたしが行っても、きっと何の役にも立たない。もしかしたら、有さんにとっては迷惑かも。でも、それでもあたしは行きたかった。<br /><br /> 惺はあたしが持っていたボストンバッグを持つと、車のトランクに入れた。<br />「さぁ、急ごう」<br /> 移動の車の中では、誰もが無口だった。不安を口にしない、かといって状況がわからないだけに楽観的な憶測を言うこともできなかったからだ。<br /> やがて別荘について、車はするすると敷地内の駐車場へ止められた。<br /> お父様とお母様に続いて、惺とあたしも別荘の入口を目指す。お父様がドアノブをゆっくりと回すと、鍵はかけられていなかった。<br />「有」<br /> お父様がそう言いながら、リビングへ入って行く。<br /> しかしリビングに居たのは見知らぬ女性一人だった。40代くらいに見える彼女はあたしたちの姿を認めると、蒼白な顔で立ち上がった。<br />「申し訳ありませんっ」<br /> 苦しそうに顔を歪めて、彼女はそう叫ぶなり深く、とても深く頭(こうべ)を垂れた。<br />「ええと、失礼ですが、あなたは?」<br /> はっとしたように顔を上げた女性は、さらに慌てた様子でこう言った。<br />「わ、私、看護師をしていて。あ、あのっ、森田奈都子と申します。ときどき、こちらに訪問して、そのっ、と、透子さんのご様子を診させていただいていました」<br /> お父様は、不安そうに眼を泳がせている森田さんを優しく見つめると静かにこういった。<br />「そうですか、それは大変お世話になっています。それで、有はいま?」<br /> 森田さんは再び顔を歪めると、絞り出すような声で言った。<br />「お母様を、探しに行かれました」<br />「他にも探してくれている方は?」<br />「け、警察の方と地元の消防団の方が…」<br />「そうですか」<br /> お父様はソファに座るように森田さんを促すと、お母様に言った。<br />「捜索隊は出ているようだ。取りあえず、森田さんからこれまでの状況を訊こう。星華さん、<br />彼女が落ちつけるように温かいもの、そうだお茶を淹れてくれないか」<br /> お父様はお母様のことを名前で呼ぶのだな、とあたしは何故か場違いのことを考えながらも言った。<br />「あの、あたしが。いえ、あたしに淹れさせてください」<br />「え、でも」<br /> そう言ったお母様に、惺が機転を利かせてくれた。<br />「うん、菜っ葉。そうしよう。俺、手伝うから大丈夫」<br /> <br /> 温かいお茶を飲んで少し落ち着いた森田さんが、話してくれた。<br /> 瑞希さんのお通夜と告別式にどうしても出席しなければならないと思った有さんは、いつも訪問看護に当たってくれている森田さんに留守中のお母さんの面倒を見てもらえないかと頼んだのだそうだ。<br /> 最初は病院に一時入院ということにしようと思ったが、別荘に迎えに来てくれた白衣の人達を見て、お母さんが少しパニックになったのだそうだ。<br /> そこで有さんは急遽、別荘に泊まってくれないかと森田さんに頼んだ。いつも来てくれる森田さんには、お母さんは慣れていたから。<br /><br />「息子が無理を言ったんですね。申し訳ありませんでした」<br /> そう言うお父様に、森田さんは身を縮めるようにして頭(かぶり)を振った。<br />「そんな。頼まれたのに、こんなことになってしまって」<br /><br /> 有さんが東京へ向かってしばらくは、お母さんは落ち着いていていつも通りだったそうだ。それが夜になって、「仁さん、仁さん」と有さんの姿を探すようになったのだそうだ。<br /> 心配になった森田さんは、有さんに電話して許可を取った上で、睡眠導入剤をお母さんに与えた。<br /> そしてお母さんが眠りについたのを見届けて、森田さんも別室で眠った。<br /> 翌朝は睡眠導入剤のせいか、ぼんやりとしていて食欲もない様子だったと言う。温かいミルクをカップの半分だけ飲んで、再びとろとろと眠たげに瞼を落としたため、森田さんは昼までそっとしておくことにしたのだそうだ。<br /> ところが。<br /><br />「12時過ぎにお昼ご飯を持って透子さんのお部屋に伺ったら、ちゃんと鍵を掛けていたはずの窓が開いていて…」<br /> そこで思い出したように、森田さんは両手で自らの身体を抱きしめた。<br /> 皆が、ごくりと唾を飲む気配がした。<br />「それで?」<br /> それでもお父様はさすがに落ち着いた声で、続きを促した。<br />「は、はい。私、慌てて窓に駆け寄って、下を見ました。でも、でも、透子さんの姿はなかったんです。だからもしかしたら、お家のどこかにって思って。トイレもお風呂もクローゼットも、全部のお部屋を確かめても、お庭に出て探しても…と、透子さんは…どこにもいなかったんです」<br />「玄関の鍵は?」<br /> お父様が確かめるように訊いた。<br />「私が開けるまで、閉まっていました」<br />「それじゃあ…」<br /> そう言ったお母様が、思わず両手で口元を押えた。<br />「窓から、としか考えられないわけですね?」<br />「…はい」<br /> 森田さんは気の毒なくらい、小さくなっている。<br />「何か、物音はしませんでしたか?だってもし、窓から落ちたとしたらかなりの音がしませんか?」<br /> そう訊く惺に、森田さんは小さな声で答えた。<br />「今日はちょうど午前中から、近くの別荘で解体工事をしていて。重機の音やら何やらで、騒がしかったんです」<br /> 項垂(うなだ)れる森田の肩に優しく手を置いて、お父様は言った。<br />「森田さん、逆に申し訳ありませんでした。こんなことになるなんて、誰が予測できたでしょう。あなたのせいではありません」<br />「だけど、仮に本当に窓から落ちたとすると…」<br /> 惺がぼそりと言った言葉に、今度は皆が戦慄する番だった。<br />「2階からだし、庭には芝生があるから、そう酷い怪我はしていないと思いたい。それにもしも怪我をしていたら、そこから動けないだろう?」<br /> そう言ったお父様に頷きながらも、お母様が新たな不安を口にする。<br />「そうね。あ、でも、じゃあ、もしかしたら寝間着のまま?」<br />「はい、いつも寝間着にガウンで過ごされていて。新しいお着替えは、そのまま置いてありましたから」<br />「まだ、寒いと言うほどの季節ではないが…」<br /> 9月末の避暑地は、それでも東京と違って気温が低い。寝間着一枚で過ごす季節でないことは確かだ。<br /><br /> 夕暮れどきの光景が広がるリビングの大きな窓を、みんなが不安気に見やったそのとき。玄関のドアが開く音がして、全員の意識がそちらへ向いた。<br /> 入って来たのは、有さんだった。<br />「有!」<br /> お母様が駆け寄る。<br />「お母さん…」<br /> そう言った有さんの顔には、疲労と不安がくっきりと現れていた。<br />「有、透子さんは?」<br /> お父さんも近寄って、そう訊ねる。<br /> 有さんは、ゆっくりと頭(かぶり)を振った。<br />「そんなに遠くへ行けるはずがないのだけれど」<br />「そうね、有。座って、温かいものでも飲みましょう?」<br /> 憔悴しきった有さんを見ているのが辛かった。<br /> いまあたしにできることは?いったい何ができる?有さんとお母さんのために。<br />「菜っ葉、兄貴にもお茶を…」<br /> そう言った惺に、あたしはきっぱりと告げた。<br />「あたし、探してくる!」<br />「いや、菜っ葉。もうすぐ暗くなるから…」<br /> 惺の言葉を最後まで訊かずに、あたしは玄関へ走った。<br />「ま、待て、菜っ葉」<br /> 慌てた惺が、追いかけてくる。<br /> けれど、惺より先にあたしの腕を掴んだのは、有さんだった。<br />「菜乃果、行くな」<br />「で、でも」<br />「いったいどこを探す気だ」<br />「ど、どこでも。どこもかしこも、全部、世界中全部っ!」<br /> 我ながら無茶苦茶だと思う。でも、あたしは本当にそうする気だった。<br />「菜っ葉、落ち着けって」<br /> 惺が有さんの背中越しに言う。<br /> だけど、あたしは諦めなかった。<br />「待ってる、お母さんは絶対待ってる。探してくれるのを、たった独りで。可哀想だよ、早く見つけてあげなくっちゃ」<br /> 有さんが突然、あたしの腕を強く引っ張ると、その胸にあたしを抱きしめた。<br />「菜乃果、そうだな。菜乃果の言う通りだ。俺は…俺は…菜乃果、お前は…」<br /> あたしは久しぶりに実感した愛しいひとの温もりから抜け出ると、有さんの手を掴んで言った。<br />「行こう、有さん。お母さんを探しに」<br />「わかった」</span><br /><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br />
  • Date : 2017-04-09 (Sun)
  • Category : アイス
632

㉒悲 報

 それは突然だった。 9月の良く晴れた日、夏の暑さがやっとひと段落して、秋がおずおずと顔を覗かせはじめた頃。「瑞希さんが…」 その悲報は、祥子さんからもたらされた。「え…」 あたしは絶句した。 うそ。 だってあの日、画廊であった瑞希さんは、これまで見たどんな彼女より幸せそうで未来を控え目だけど楽しそうに語ってくれたのに。彼女を治そうと一生懸命になってくれる大切な人の存在、そしてこれからの夢すら口にし... <span style="font-size:large;"> それは突然だった。<br /> 9月の良く晴れた日、夏の暑さがやっとひと段落して、秋がおずおずと顔を覗かせはじめた頃。<br />「瑞希さんが…」<br /> その悲報は、祥子さんからもたらされた。<br />「え…」<br /> あたしは絶句した。<br /> うそ。<br /> だってあの日、画廊であった瑞希さんは、これまで見たどんな彼女より幸せそうで未来を控え目だけど楽しそうに語ってくれたのに。彼女を治そうと一生懸命になってくれる大切な人の存在、そしてこれからの夢すら口にしていた。<br /> それを瑞希さんは、叶えなくっちゃいけなかったのに。誰よりも、幸せな時間を取り戻さなくちゃいけなかったのに。<br /> その人も瑞希さんも、きっと治ると信じていたはず。あたしだって、信じていた。<br /> それなのに、何故?<br /> 神様は意地悪だ、人生は残酷だ。<br /> どうして瑞希さんに、こんな悲しい運命を与えたの?<br /> 酷い、酷いよ。<br /> あたしは悲しみよりも怒りを感じて、両手で拳をつくって立ち尽くした。怒りのあまり、涙すら出ない。<br /><br /> だけど…。<br /> きっと。<br /> もっと悔しくて悲しくて受け入れられないのは、瑞希さんを治そうと必死だったはずのお医者様、そして野島先生やご家族の方々。<br /> 心の中が急速に冷えはじめたのは、秋風のせいではないだろう。理不尽な宿命に、手も足も出ない人間たちの無力さ、限界をまざまざと見せつけられたからだ。<br /> 瑞希さん、どんなに心残りだっただろう。瑞希さん、あなたの人生は本当にこれからだったのに。<br /><br /><br />✵ ✵ ✵<br /><br /> 9月最後の週末、瑞希さんのお通夜と告別式が行われることになった。<br /> あたしは近親者ではないから、お通夜だけに行くことに決めた。惺と待ち合わせて、祭儀場へ向かう。あたしたちと同じように喪服姿の人達が、次々に祭儀場へ入って行く。<br /> 受付には、祥子さんの姿があった。<br /> 記帳をし、香典を渡し、惺とあたしは末席に近い方へ座った。<br /> しばらくして、とても背の高い人が野島教授のもとへゆっくりと歩み寄るのが見えた。<br /><br /> 有さん、だった。<br /> ブラックスーツを隙なく着こなしたその人は流麗で崇高で、不謹慎にもあたしはしばし呆然と見惚れてしまった。有さんの体形にぴったりと誂えられた漆黒のスーツは、その冷たい雰囲気を際立たせていて、近寄りがたいほどのオーラがいっそ魅惑的ですらあった。<br />「…兄貴だ」<br /> 声も出せずにいるあたしに、惺はそう言った。<br /> 野島教授としばらく話していた有さんは、やがて一礼すると席を探そうとでもするかのように会場を見渡した。<br />そして、眼が合った。<br />息が止まるかと思った。<br />見つめ合っていたのは恐らく数秒、だけどそれがあたしには永遠の時間のように感じた。そんなはずないのに。<br />やがて有さんはゆっくりと視線をあたしから剥(は)がすと、あたしたちと反対側の列に行ってしまった。<br />「なんだよ、兄貴のヤツ」<br /> 惺はそう言ったけれど、あたしは逆にほっとした。<br /> だけどお通夜の間中、あたしは有さんの存在を息苦しいほどに感じていた。瑞希さんへの思いと有さんへの想いが交差して、あたしの心は千々に乱れたままだった。<br /><br /> やがて、お通夜が終わった。<br /> 後ろの方にいたあたしたちは、比較的早く会場外へ出た。<br />「待つよな、兄貴のこと」<br /> 惺に言われても、頷くことができない。<br /> だって今日は瑞希さんのために来たんだもの、有さんに逢えたのは偶然。その偶然を利用してはいけない気がした。<br />「…行こ、惺」<br />「なんでだよ」<br />「だって…」<br /> あたしは惺のスーツの袖を引っ張った。<br />「帰ろう」<br />「だって、せっかく」<br />「いいの」<br />「菜っ葉」<br />「今日は、瑞希さんのために来たの。だから…」<br />「…わかった」<br /> 文字通り、後ろ髪を引かれる思いで、あたしはある意味勇気を振り絞って会場に背を向けた。<br /> ゆっくりと踵を返して歩き出す。<br /> 頑張れ、菜乃果。振り返っちゃダメ。ほんの一瞬でも有さんと眼が合った、それだけでいい。<br /> 消そうとすればいっそう鮮やかに蘇る、さっき眼にしたばかりの長身でクールで、美しくノーブルな大人の男のひと。<br /> 瑞希さん、あたし…ダメかもしれない。有さんは素敵すぎる。せっかく応援してくれたけど、吊り合わなさ過ぎる。好きなだけじゃあ、忘れられないだけじゃあ、もうどうにもならないのかなぁ。<br /><br /> その夜遅く、惺からメールが来た。<br />『兄貴、明日の告別式にも出るんだって。だから、今日は家に泊まってる』<br /> あたしは返信することができなかった。 <br /> しばらくすると、惺からまたメールが来た。<br />『なんか、伝えておくことあるか?』<br /> あたしは、しばらく考えてそれから短い返信をした。<br />『ううん。ありがと、惺。おやすみなさい』<br /> <br /> おやすみ、惺。<br /> おやすみ、有さん。<br /> おやすみ、きっと報われることのないあたしの悲しい恋心。<br /> <br /><br />✵ ✵ ✵<br /><br /> 翌日は、小雨混じりのあいにくの天気だった。<br /> 結局眠れない夜を過ごしたあたしは、日曜なのをいいことに10時を過ぎてやっとベッドから這いだした。<br />「もう、告別式ははじまっているんだろうなぁ」<br /> 時計を見ながら、そんなことを呟いてみる。<br /> 窓の先の灰色の空を見上げながら、瑞希さんを思う。昨日見た遺影は、儚げで美しい瑞希さんがそれでも微かに微笑んでいた。穢れのない真っ白な美しさに、あたしは神々しさすら感じた。 <br /> きっと神様は、瑞希さんが天使のような人だから、もうこの世で修行することなどないから、こんなにも早く召されたんだろうと思った。<br /> だけど召される前に、もっと恋を楽しんだり、想い想われふたりきりで過ごしたりする時間を持たせてあげてほしかった。そんな当たり前のことすら、瑞希さんには特別なことだったのだから。<br />  <br /> お昼ご飯を食欲がわかないままにもそもそと食べ終わって、紅茶を淹れた。<br />「あ、雨やんだ」<br /> 空はまだ薄墨色だったけれど、雲の間から数本の細い陽光が射し、光の階段のようにきらめいていた。<br /> ああ、きっと瑞希さんは、あの光の階段を昇って行くのだ。たくさんの天使が彼女を迎えに来て、もう苦しみも哀しみもない別世界へ迎え入れるのだ。<br /> そんなことを考えていたら、突然スマホが鳴った。<br />「ん?惺からだ」<br /> 電話に出たあたしの耳に、めずらしく切羽詰まった惺の声が飛び込んできた。<br />「菜っ葉、あのな。落ち着いて聞いて」<br /> そう言った惺の方が、本当にめずらしく慌てている。<br /> どうしたの、惺らしくない。<br />「兄貴の、兄貴の母親が行方不明になった!」<br /> え?<br /> 一瞬、何を言われているかわからなかった。<br /><br /> ユクエフメイ…?<br /> 行方不明!?<br /><br /> え、え?なんで?<br /> だって有さんの母さんは、あの別荘で…。<br /> あ、有さんは、いまは東京。<br /> どういうこと?その留守の間に、何かあったってこと?</span><br /><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br /><br />
631

㉑意地悪な先輩

「今日のミーティングで指示したことは、並木さんと詰めてメールで報告してください。では、行ってきます」 2泊3日の海外出張に行く三代目をロビーまで見送ったあたしは、まだ何か言いたそうにしている上司に深く頭を下げた。「わかりました。気をつけて行ってらっしゃいませ」「…」「?」「いや、何でもありません」「はぁ…」 なんとも間が抜けたお見送りになってしまった。ま、いっか。  三代目の背中が見えなくなるまで見送... <span style="font-size:large;">「今日のミーティングで指示したことは、並木さんと詰めてメールで報告してください。では、行ってきます」<br /> 2泊3日の海外出張に行く三代目をロビーまで見送ったあたしは、まだ何か言いたそうにしている上司に深く頭を下げた。<br />「わかりました。気をつけて行ってらっしゃいませ」<br />「…」<br />「?」<br />「いや、何でもありません」<br />「はぁ…」<br /> なんとも間が抜けたお見送りになってしまった。ま、いっか。<br /> <br /> 三代目の背中が見えなくなるまで見送って、企画開発事業部へ戻ろうとしたあたしは聞き覚えのある女性の声に呼び止められた。<br />「ちょっと」<br /> うわ、溝口さんだっ。<br /> 焦った気持ちが、そのまま顔に出てしまったらしい。<br />「なによ、その、迷惑そうな表情」<br /> 早速、噛みつかれてさらに慌てた。<br />「い、いえっ。あ、あのっ」<br /> そんなあたしを背の高い溝口さんは相変わらず見下ろすようにしながら、今日はひと際赤い唇を歪めて言った。<br />「まるで秘書気取り…ううん、恋人気取りね」<br /> へ?どこからどう見れば、そんな風に見えるのだろう?全くわからない。<br />「専務の背中が見えなくなるまで見送るなんて、そんな健気(けなげ)なことイマドキの若い子はしないんじゃないの?なにか策略や媚売るつもりでもない限り」<br />「策略?媚?」<br /> あまりの言葉に、オウム返しで訊いてしまった。<br /> この人、こんな人だっただろうか。インターンシップのときは確かに厳しい人ではあったけれど、こんなにあからさまに嫌味を言う人ではなかった、はず。<br />「あ、いえ。ちょっとぼぅっとしてて。見送ってたというより、考えごとをしてたんです」<br /> それは本当のことだった。何か言いたそうな三代目の表情に、画廊の前で惺と一緒に会った夜のことを思い出してしまったのだ。<br />「へ~え、考えごと。どうしたら専務につけいることができるか、とか?」<br /> あまりの言いように、さすがのあたしもカチンときた。<br />「あ、あのっ」<br />「なによ!」<br /> く…溝口さんの方が、迫力がある。 で、でも、負けてはいられない。<br />「あ、あたしっ、ちゃんと、す、好きな人がいますからっ」<br /> 思わずそう言ったのだけれど、溝口さんがぽかんとした顔をした。 あ、あれ?なんか間違えた?<br /> けれども溝口さんはすぐさま、ニィと笑った。結構楽しそうなその表情を見て、なんだか嫌な予感がしたのだけれど。<br />「あらぁ、それは失礼。そう、そんな人がいたの?で、もちろん両想いの恋人なんでしょうね?」<br /> ぐぅ…、やられた。<br /> かつては両想い、でもいまは?<br /> いまは…違う。つまり、あたしは失恋したってことだ。<br />「あら、どうしたの?急に顔色が悪くなって。さっきの勢いは、どこ行っちゃったのかしら」<br /> 溝口さんはどこまでも楽しそうで、そして意地悪だった。<br />「りょ、両想いではないです、きっといまは。でも、忘れられないひとなんです」<br /> 最初とは打って変わった小さな声で、あたしは言った。<br /> ふん、と溝口さんはあたしを再び睨(ね)めつけると言った。<br />「忘れられないなんて言っておいて、イマドキの女子はすぐに心移りするから。おまけに振られた相手なんでしょう?どうだか、信じられないわねぇ」<br /> なにも、彼女に信じてもらう必要はない。<br /> あたしの心に、むくむくと反抗心が湧いてきた。<br /> 誰にもわかってもらう必要なんかない。そう、これはあたしの大切な想いなんだ。有さんとのことは、生涯で唯一の宝物なんだ。誰もそれを奪えない、まして非難なんか。<br />「そろそろ失礼します。仕事に戻りますので」<br /> 今度は溝口さんの眼を真っ直ぐに見て、はっきりとそう告げることができた。<br />「な、なによ」<br /> あたしのきっぱりとした態度に、溝口さんが少し怯(ひる)んだ。<br /><br /> 想いはひとを強くする。<br /> それが、真実ならば。<br /> 有さんへの想い、それは紛れもなくあたしの中心に変わらずあり続ける真実なのだと改めて実感した。<br /><br /><br />✵ ✵ ✵<br /><br />その後も、溝口さんの口撃(こうげき)は事あるごとに続いた。<br /> ある日、その現場を目撃してしまった並木さんの怒りは、あたし以上だった。<br />「まったく、あの意地悪ばばぁ!!」<br /> 怒りを込めてそう吐き捨てながら、並木さんが企画開発事業部のドアをばたんと大きな音をさせて閉める。<br /> たまたま企画開発事業部で、雑誌を読みながら暇つぶしをしていた浅野さんがちょっと驚いたように顔を上げた。<br />「どうした、リオン。すげぇ怒りようだな」<br /> そう声を掛けた浅野さんを怒りのせいかまるっと無視して、並木さんは眼を吊り上げたまま腰に手を当てて仁王立ちになった。<br />「もうっ、菜乃果に何の恨みがあるってのっ。菜乃果も菜乃果だよ!言われっぱなしで悔しくないのっ」<br /> 悔しいというか、最近はなんであそこまで突っかかってくるのか逆に不思議だ。<br /> ふぅ~っと、並木さんは大きく息を吐くと天井を仰いだ。<br />「もうっ、アッタマに来たっ。彼女の嫌がらせの一部始終、専務にチクってやる!」<br />「おいおい、リオン。ホント、どうした。穏やかじゃないな」<br />「並木さん、専務は関係ないよ」<br />「だって!」<br /> そんなあたしたちを見比べるように見ていた浅野さんは、コーヒーを淹れるとカップを2つ打ち合わせテーブルの上に置いた。<br />「まぁ、飲めよ。で、落ち着いて何があったか話せよ、ふたりとも」<br />「せっかく浅野さんが淹れてくれたんだから、コーヒー飲も。ね、並木さん」<br /> そう言ったあたしに、まだ憮然とした表情を崩さないまま、それでも並木さんはやっと椅子に座った。<br />「コーヒー、ありがとうございます」<br /> お礼を言ったあたしに、浅野さんが「おぅ」と答える。<br /> 温かいコーヒーを飲んでやっと落ち着いた並木さんは、浅野さんに促されるままにさっきあったことを語り出した。途中で思い出したのか、時折怒りを再燃させながら。<br /><br />「ふ~ん。で、なんでリオンが怒ってるんだよ。当事者の菜乃介より」<br />「そうだよ、菜乃果もっと怒りなよ、戦いなよ。そんなんだから、ナメられるんだって!」<br /> いや、並木さん。浅野さんが言ったのは、そう言う意味じゃないと思うよ?<br />「だって、もう慣れたし。最初は腹が立ったけど、いまは何でそんなに言うかなぁ~って」<br />「おいおい、慣れるほど、そんなに何度も言われたのか?」<br /> 浅野さんが驚く。<br />「普通、慣れないでしょ。悪口なんか、意地悪なんか」<br /> 並木さんが若干、呆れたように言う。<br /><br /> う~ん、でもなんか最近、前みたいにグサッと来ないんだよねぇ。だって専務のことは尊敬できる上司だとは思うけど、それ以上でも以下でもないし。<br /><br />「ったく、あの女。専務に気があるのに、相手にされないからって」<br />「まぁ、直樹はモテるからなぁ。俺の弟だし」<br />「モテることは否定しませんが、浅野さんの弟だって言うのはむしろマイナス要因ですっ」<br />「っ、おまっ。リオン、酷いこと言うねぇ」<br /> お、浅野さんと並木さんのボケ・ツッコミが、またはじまったか?<br /> ちょっとワクワクしながら、ふたりのやり取りを見守ってしまう。<br /> あたしの期待に応えるかのようにひとしきり浅野さんとバトルを続けていた並木さんが、いまさらのように「はっ」と気づく。<br />「もうっ、浅野さん。余計な口挟まないでくださいよ。話しがすっかり横道にハズレちゃったじゃないですかっ」<br /> 今度はぷぅと頬をふくらます並木さんに、浅野さんが笑いながら言う。<br />「はは、ワリィ、ワリィ。けど、さ。怒り収まっただろ、リオン?」<br />「もうっ!!」<br /><br /> ふふ。ホントいいコンビだ、浅野さんと並木さんは。そしてこのふたりがいてくれるから、あたしはいろんなことに耐えられる。<br /> 溝口さんの意地悪より苦しいのは、彼女の言葉に有さんを想い出してしまうことだ。有さんへの想いで心が決壊しそうなって、逢いたい気持ちを抑えるのがとてもとても苦しいのだ。<br /> だからいつも、彼女の前からそそくさと立ち去ろうとしてしまう。それか負け犬みたいに見えたとしても、かまわない。だって、そうしないと壊れてしまいそうだから。<br /> そんなあたしの姿は、きっと並木さんにはとても情けなく見えただろう。<br />でも、でもね、無理なの。<br />有さんへの焦がれる想いを抱えたまま、満たされない心と悲しい不安と、それでも忘れられない自分をときどき可哀想に思いながら、あたしは毎日やっと生きている。見えない細い細い糸が、いまのあたしと現実世界を繋いでいる。いつ切れるとも知れないそれを、あたしはかろうじて手繰っているだけに過ぎない。糸が切れて奈落に落ちられたら、どんなに楽だろう。本当に、どんなにか楽だろう。<br /><br />「菜乃果っ、負けちゃダメだからねっ!」<br />「う、うん」<br />「専務はあの女のことなんか、歯牙にもかけてないんだから」<br /> え、そっち?<br />「あ、あの並木さん…」<br />「わかってる、わかってる」<br />「いや、あの。あたしね、好きなひと、ずっと好きなひと、いるから」<br /> 並木さんと浅野さんが、一瞬顔を見合わせて何とも言えない表情をつくった。<br /><br />「だからさ、リオン。俺、言ったろ?」<br />「だぁっ、うるさいっ。あたしはっ、あたしなりにっ」<br />「だからそれが、余計なお世話なんだって」<br />「余計なお世話って何だぁ~!」<br /> なんかわかんないけど再びバトルがはじまった。<br /> そんなふたりを見ていたら、可笑しくて可笑しくて。あたしは、涙が出るほど大笑いした。そして笑いも涙も止まらなくなって、結局ふたりを困らせたんだけど。<br /><br /> ぽろぽろぽろぽろぽろぽろぽろぽろ。<br /> 笑いに誤魔化した涙はちょっとだけ、あたしの苦しさを洗い流してくれた。</span><br /><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br /><br />
  • Date : 2017-04-05 (Wed)
  • Category : アイス
630

⑳三代目と惺

 そろそろ帰ろうと、瑞希さんと別れたところで、スマホがぶるると鳴る。「惺?」「うん、菜っ葉まだいる?」「もう、帰ろうと思ってたとこ」「そっか、あと3分くらいで着くんだけど」「じゃ、外で待ってる」 そう言って、あたしはティーサロンを出ると画廊に寄って祥子さんに挨拶してから表へ出た。 しばらくすると、駆けてくる惺の姿が見えた。「菜っ葉、ごめんごめん」「ううん。忙しかったなら、無理することなかったのに」... <span style="font-size:large;"> そろそろ帰ろうと、瑞希さんと別れたところで、スマホがぶるると鳴る。<br />「惺?」<br />「うん、菜っ葉まだいる?」<br />「もう、帰ろうと思ってたとこ」<br />「そっか、あと3分くらいで着くんだけど」<br />「じゃ、外で待ってる」<br /> そう言って、あたしはティーサロンを出ると画廊に寄って祥子さんに挨拶してから表へ出た。<br /> しばらくすると、駆けてくる惺の姿が見えた。<br />「菜っ葉、ごめんごめん」<br />「ううん。忙しかったなら、無理することなかったのに」<br /> 今日、惺はどこかに提出する論文の件で、指導教授に呼ばれていた。もしかしたら画廊の10周年パーティーに行けないかも、と事前に訊いていたのだ。<br /> パーティーは明日の日曜日もやっているから、「明日にすれば?」と言ったのに、なぜか惺はあたしと同じ日に行くことにこだわった。<br />「俺、祥子さんに挨拶してくるわ。ワリィけど、もうちょっと待っててくれる?」<br />「うん、いいよ」<br /> 惺は、片手を上げると画廊の中へ入って行った。<br /><br /> すっかり暗くなった、夜の銀座の通りを眺める。夜の銀座は、街燈や店々の灯りに彩られていっそう大人の街の表情を深くする。<br /> あの街燈の下、背の高い有さんが待っていてくれたっけ。あの頃は、まだつき合ってすらいなかった。街燈の光に揺れる細長いシルエットが、懐かしく思い出されて…あれ?<br /> その街燈の下を通って、心に残る残像より少し背の低い人がこちらに歩いてくる。<br />「専務、どうしたんですか?」<br />「ああ、沢口さん。実はすぐ近くで打ち合わせがあったもので。この間教えてもらった画廊が気になって、ちょっと寄り道したんです」<br /> あ、今日は一般のお客さんは入れないんだけど…。<br /> 専務に事情を話して、あたしは謝った。<br />「いや、いいんですよ。もうこの時間だと、閉まっているだろうと思っていましたから。どうせ帰り道ですし、場所だけ確かめておきたかっただけです」<br /> そう言うと、三代目はリラックスした表情で微笑んだ。<br /> とそこへ、惺が画廊から出てきた。<br /> 三代目の表情が、途端に仕事モードのときと同じになる。<br />「あ、えっと?」<br /> 三代目のことを知らない惺が、戸惑っている。<br />「あ、惺。こちら、浅野専務。あたしの上司」<br />「沢口菜乃果が、いつもお世話になっております」<br /> 見た目からは想像もつかないちゃんとした挨拶に、三代目の眼が意外だと言う風に見開かれた。<br />「専務、こっちは高校の同級生だった氷川惺です」<br />「はじめまして」<br /> 三代目がめずらしく訝(いぶか)るような表情で、それでもきちんと挨拶を返した。<br /> なんとなく気まずいあたしは、余計な言い訳をしてしまう。<br />「え、えっと。こ、こう見えてですね、実はT大の…」<br /> 大学院生で、と言おうとしたあたしを惺が遮る。<br />「菜っ葉、いいから」<br />「え?」<br /> ぽかんとしたあたしに、惺はにやぁと笑うと言った。<br />「菜っ葉、腹減った。俺、今日金ないから奢ってくんない?」<br /> は? 突然どしたの、惺?<br />「い、いいけど?」<br /> 訝しがりながらもそう答えると、惺はあたしの腕を掴んで言った。<br />「じゃ、失礼しま~す!」<br /> 惺に腕を取られ、引きずるように歩かされながらも、あたしは振り返って専務に向かって叫んだ。<br />「す、すみません。あ、あの、失礼します!」<br /><br /> 画廊があった路地から大通りへ出て曲がったところで、惺はやっとあたしの腕を離した。<br />「もうっ、どうしたの、惺?」<br />「別に」<br /> 心の中が読めない飄々とした表情で、惺はそう言った。<br />「惺、お腹空いてるの?あたし、さっきサロンで結構食べたから、あんまりお腹空いてないの」<br />「なんだ。この間、菜っ葉に奢ってもらったから、今日は俺がご馳走しようと思ったのに」<br />「何言ってるの。さっきは、お金ないから奢れって…」<br />「ウソだよ、あれ」<br /> まあ、さっきの態度と言い方は、確かに惺らしくない。でも、なんで?<br />「俺、金ないから奢れなんて、女子に言う趣味ないから」<br /> 確かに、いままでそんなことを言われたことがない。あたしが働きだしてからは、奢るよって言うんだけど、よほどの事がない限り割り勘だ。だって友達だもの、つき合ってる訳じゃない。<br />「じゃあ、なんでさっきはあんなこと言ったの?」<br /> それには答えず、惺は意味の分かんないことを言う。<br />「なぁ、菜っ葉。あの専務、だっけ?俺のこと、とやかく言ったら、あいつ、菜っ葉のこと気になってるってことだぞ」<br />「あ。それならもう言われた」<br />「え?」<br />「あなたの知り合いは、変わった人が多いですねって。会社の前で仁王立ちして呼び出す女性とか、ビジネス街に似つかわしくない金髪ミュージシャン風の男性とか、だって」<br />「仁王立ちして呼び出す女性?」<br /> 惺がちょっとびっくりした顔になって、立ち止まった。<br />「誰、それ?」<br /> 人波を邪魔して立ち止まった惺の腕を、今度はあたしが引っ張って歩き出す。<br />「りこさん」<br />「りこちゃん? え、菜っ葉の会社まで来たの?」<br /> うん、と頷く。<br />「何しに?」<br />「えっと、ちゃんと話すから、どっか入ろ?お腹空いてんでしょ、惺?」<br />「ハンバーガーとかでいいよ」<br />「うん」<br /><br /> ハンバーガーショップに入って、向かい合って座った惺に、あたしはりこさんが来たときのことをかいつまんで話した。<br /> チーズバーガーを食べながらそれを訊き終えると、惺はポテトを一本摘んで差し出しながら言った。<br />「ほら、あ~ん。しっかし、りこちゃんらしいな」<br />「だよね」<br /> と同意すると、あたしは惺が差し出したポテトをぱく、と食べる。<br />「でも、誰から訊いたんだろ?」<br /> 惺が、自分もポテトを食べながら首を傾げた。<br />「惺が話したわけじゃないの?」<br />「なんで俺が。そんなことペラペラ話さないよ。しかも、りこちゃんだぜ。どういう行動に出るかは予測が…」<br />そこまで言うと、惺は唐突に「あ!」と何かに思い当ったようだ。<br />「何?誰かわかったの?」<br /> そう訊いたあたしを、惺はじぃと見つめた。<br /> ん? 何? どうしたの?<br />「菜っ葉は、誰だと思う?」<br /> え? <br />「う~ん、惺のお母さんとか?」<br /> それぐらいしか、思いつかない。 まさか、お父さんとか?<br />「やっぱ、菜っ葉は鈍いな。だけど、そこがいいところだ」<br /> 酷い、鈍いって、しかもそこがいいだなんて訳がわからない。<br />「なによ、わかったなら教えてよ、惺」<br /> あたしはちょっと拗ねて、そう言った。<br /> だけど惺はそれには答えず、さらに訳のわからないことを言う。<br />「なあ、菜っ葉。どんなに淋しくても、あんな専務なんかに心変わりするなよ」<br /> ますます酷い、あたしの有さんへの気持ちを疑うなんて。あたしには、有さんだけだ。有さんの代わりなんて、世界中探したっていないんだから。<br />「惺のバカ。心変わりなんて、出来る訳ないでしょ!」<br />「ホントか?」<br /> 結構ムキになって唇を尖らせたあたしの顔を、惺が覗き込む。<br />「惺のバカ。ホントに決まってるでしょ!」<br /> 有さんへのいまでも溢れるくらいの恋心を疑われたみたいで、悔しさに涙が滲みかけたあたしの頭を惺は優しく撫でた。<br />「菜っ葉、いい子だ。それでこそ、俺の菜っ葉だ」<br /> なによ、子ども扱いして。あたしの方が2か月お姉さんなのに。<br /> でも。<br /> 撫でてくれる惺の手はとても安心できて、あたしの我慢をし続けている心はするすると解(ほど)けてしまう。<br />「…っ、有さんが好き。逢いたい、逢いたいよ」<br /> もう、駄目だった。<br /> 店内に他のお客さんがいるとわかっていても、もう嗚咽を抑えることができない。一生懸命に声を殺して泣くあたしを、惺は黙って撫で続けてくれた。</span><br /><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br />
  • Date : 2017-04-02 (Sun)
  • Category : アイス
629

⑲思わぬ再会

 野島画廊から、正確に言うと祥子さんから葉書が来ていた。 画廊の10周年パーティーの案内状だった。 一瞬、あたしなんかにまで?と思ったけれど。考えてみれば、惺に紹介されて有さんとつき合うきっかけになって、外岡さんとのあたしにしたら『事件』もあった、結構関わり合いの深い場所だ。 そして、もちろん瑞希さんとの出会いも。瑞希さん、どうしているのだろう。まだ入退院を繰り返しているのだろうか、それとも元気にな... <span style="font-size:large;"> 野島画廊から、正確に言うと祥子さんから葉書が来ていた。<br /> 画廊の10周年パーティーの案内状だった。<br /> 一瞬、あたしなんかにまで?と思ったけれど。考えてみれば、惺に紹介されて有さんとつき合うきっかけになって、外岡さんとのあたしにしたら『事件』もあった、結構関わり合いの深い場所だ。<br /> そして、もちろん瑞希さんとの出会いも。瑞希さん、どうしているのだろう。まだ入退院を繰り返しているのだろうか、それとも元気になった?<br /> 優しくて綺麗で、大人で強い祥子さんのことも懐かしく思い出される。元気かなぁ、そう言えば随分ご無沙汰してしまった。<br />「有さん…にも、この案内は行ってるよね?」<br /> でも、きっと有さんは来ない。<br /> そんな確信めいた予感があった。<br /><br /><br /> 懐かしい画廊と、その周辺の風景。<br /> 最初は全然自分には似合わないと思っていた大人の街を、大人の街が似合い過ぎるくらい似合う有さんと歩いた。<br /> 背の高いそのひとは、足が長い分とても早足で、あたしは置いて行かれそうになったっけ。銀座の街の落ち着いた洒落た夜の光の中を、長い影にエスコートされるようについて行ったっけ。<br /> 辛すぎるラーメンにひいひい言いながら涙と鼻水だらけになったあたしを、長身を折り曲げるようにして笑ったひと。意地悪で冷たい眼で、大嫌いって思ったはずなのに。いつしか、どうしようもないくらいに惹かれていた。<br /> 駄目って思いながら、引き返すことができなくなっていた。<br /> 有さんのネクタイだなんて知らなくて、早乙女君に返したはずのそれを有さんがしているのを見たとき、自制できないくらい動揺した。それが有さんの狙いだって、ちっとも気づかずに。そんな大人の意地悪な企みも、狡さも、有さんだから全部全部好きだった。<br />「有さん…」<br /> 男の人だから関節はしっかりしているけど、長くて綺麗な有さんの指を思い出しながら、あたしは案内葉書をそっと撫でる。<br />「行ってみようかな…」<br /> 有さんは、きっと来ないだろうけど。でも画廊とその周辺には、有さんとの思い出がいっぱいだ。<br />「だって、祥子さんに就職したことすら知らせてないし。派遣だけど」<br /> 自分に言い訳するみたいにそう言って、あたしは行くことに決めた。<br /><br /> 7月最後の土曜日、華やかな夏の装いに身を包んだ人波に溢れる銀座の街にいた。<br /> この日は曇りのせいか、夕方から蒸し暑さが薄らいできていた。<br />「こんにちは」<br /> そう言って、恐る恐る画廊の扉を開ける。<br />「まぁ、沢口さん。よく来てくれたわね」<br /> 久しぶりに見る、相変わらず上品で大人な祥子さんがすぐに気がついてくれた。<br />「お久しぶりです、ご無沙汰しています」<br />「まぁ、とっても可愛くなっちゃって」 <br /> 祥子さんがそう言いながら、あたしを頭のてっぺんからつま先まで見るから緊張してしまう。<br />「い、いや、そんな」<br /> 今日のあたしの恰好は、もちろん並木さんに相談して決めた。銀座の画廊のパーティーということで、華美過ぎず地味過ぎず、上品な中にも華やかさを感じられるもの。袖とスカートに透けるオーガンジーを重ねてあるシャーベットオレンジ色のワンピース。パールとラインストーンを組み合わせたネックレスとピアスはお揃いだ。全体の色調がボケないように、靴とバッグは紺色とベージュを基調にしたものを選んだ。そして髪にも紺色の小さなリボンがついたカチューシャ。<br />「もう、女子大生じゃないものね。OLさんなんだものね」<br /> やっぱり、知ってたみたいだ。それは惺から訊いたんですか?それとも…<br />「いまのところは、は、派遣…」<br /> 派遣ですけど、と言おうとしたあたしを、祥子さんがやんわり遮る。<br />「アパレルですって?どおりで素敵な格好してると思ったわ。仕事、楽しい?」<br />「はい!」<br /> それには大きく頷いて、即答した。<br />「そう、仕事は楽しいのが一番よ」<br /> そう言うと、祥子さんは楽しんでいってねと囁いて、別のお客様の方へ行ってしまった。<br /> <br /> 画廊には、この日のために野島教授と祥子さんが選び抜いたというコレクションが展示されている。<br /> それをわからないながらも鑑賞していると、画廊のスタッフと思われる女性から声を掛けられた。<br />「よろしければティーサロンの方に軽食を用意してありますので、どうぞ」<br />「はい、ありがとうございます」<br /> ティーサロンもかつて働かせてもらった、思い出の場所だ。心なしか足取り軽く、とんとんと階段を昇った。<br /> あまり広くはないティーサロンには想像以上に多くのお客様がいて、飲み物やお皿を手に歓談していた。<br />「あれ?沢口さん?」<br /> 店長兼ウエイターの西田さんだった。<br />「うわ、西田さん、ご無沙汰しています」<br />「あれまぁ、なんだか凄く可愛くなっちゃったね」<br /> 目を丸くしてそう言うと、慌ててつけ加えた。<br />「い、いや。前から可愛かったけど、でも…見違えたよ」<br /> うん、つまり馬子にも衣裳ってことですね?<br />「おい、山形。沢口さん、来てくれたよ」<br /> タイミングよく通りがかった調理の山形さんを捕まえて、西田さんがそう言った。<br />「え?あっ、あれぇ、沢口…さん?」<br /> 山形さんまで驚いた表情で、まじまじと見てくるから恥ずかしい。<br />「どうも、お久しぶりです」<br /> あたしは顔が火照るのを感じながら、小さくそう言った。<br />「うわぁ、見違えたよ。すっかり、綺麗になっちゃって」<br />「だろ?」<br /> うんうん頷き合っている西田さんと山形さんに、あたしは訊いた。<br />「あの、お手伝いしましょうか?」<br /> 勝手知ったるティーサロンである。しかし、西田さんは笑った。<br />「こんな可愛い格好してるお嬢さんに、ウエイトレスはやらせられないよ」<br />「あはは、沢口さん。今日はお客さんなんだから、ゆっくりしてって。手は足りてるからさ、大丈夫。でも、ありがとね」<br /> 山形さんも、そう言って笑った。<br /><br /> 西田さんと山形さんがそれぞれの仕事に戻ってしまったので、あたしは所在無げに人が溢れているサロンを見回した。<br /> そして、こちらに注がれている一つの視線に気がついた。<br />「瑞希さん…」<br /> クリーム色の光沢があるツーピースを着て、綺麗にお化粧をした瑞希さんがこちらを見ていた。<br /> どちらからともなく、近づく。<br />「瑞希さん、お久しぶりです」<br />「沢口さん、ここで会えるなんて。来てよかった」<br /> 瑞希さんは細い声でそう言うと、それでも嬉しそうに微笑んだ。その姿は真っ白な百合が風に揺れているようだったけれど、顔色はお化粧のせいもあってか比較的良かった。相変わらず、とても痩せていたけれど。<br />「瑞希さん、お元気そうです」<br /> そう言うと、瑞希さんは少し頬を染めながら「ありがとう」と言った。<br />「座りませんか?」<br /> 瑞希さんの体調を考えて、あたしはそう窓際の空いている椅子の方へ誘った。<br />「ええ」<br /> 瑞希さんは手にオレンジジュースのグラスを持って、促されるままに窓際へ移動する。<br />「何か、食べ物を持ってきます」<br /> 瑞希さんを座らせると、あたしはそう言った。<br />「じゃ、あたしも」<br />「いえ、瑞希さんは座っていてください」<br /> こく、と瑞希さんは素直に頷くと微笑んだ。<br /><br /> 画廊のスタッフは「軽食」と言ったけれど、中央のテーブルにはシティ・ホテルにも引けを取らないオードブルやサンドイッチ、パスタや肉・魚料理などが並んでいた。<br /> 思わず心の中で、舌なめずりしてしまう。うん、どれもゴージャス、おいしそう。<br /> 大きめのお皿にちょっと行儀悪く沢山盛りつけて、ふたり分のフォークとナプキン、自分の飲み物ジンジャーエールのグラスを手に瑞希さんの元へ戻った。<br />「はい、どうぞ」<br />「あら、こんなにたくさん?」<br /> 瑞希さんが本当に驚いたように言うので、恥ずかしくなったあたしはペロと舌を出しながら言った。<br />「いっぱい食べなきゃ、瑞希さんは。それに、どれもこれもおいしそうだったから、つい」<br /> ふふふ、と瑞希さんが笑うので、あたしもてへ、と笑って見せた。<br /> よかった、ヘンなわだかまりも、ぎこちなさもない。<br />「再会にカンパ~イ!」<br /> あたしはちょっとおどけた風に言って、かちりと瑞希さんのグラスに自分のそれを合わせた。<br /> 瑞希さんとふたりで、同じお皿から仲良く食べる。<br />「これ、おいしいですよ!」<br /> そう勧めるたびに、瑞希さんは微笑んで小鳥のようにちょっとずつ食べ物を口に運ぶ。<br /> やがて瑞希さんはフォークを小テーブルのナプキンの上に置くと、あたしを正面から見つめた。<br />「沢口さん」<br />「はい」<br /> 瑞希さんの眼が、何から話していいのかというように一瞬泳いだけれど、それでも再び彼女はあたしを正面から見ると言った。<br />「沢口さんにちゃんと謝らなきゃって、ずっと思っていたの」<br /> 瑞希さんが思いつめたような表情になるから、あたしはなんとかこの場を笑い話にしてしまいたいと思う。<br />「も、もぅっ!瑞希さんたら、律儀なんだからっ。謝ることなんて、なにもないじゃないですかっ」<br />「だけど…」<br />「もう、忘れましたっ」<br /> それ以外、上手く誤魔化す言葉が見つからない。<br /> なのに、瑞希さんは意外なことを言った。<br />「忘れてはダメ」<br />「え?」<br /> 瑞希さんはふぅと一息ついてから、オレンジジュースで喉を潤すと言葉を繋いだ。<br />「忘れては駄目よ。あんな卑怯な方法で、氷川先生をちょうだいって言ったあたしに、沢口さんが負けなかったこと」<br /> 確かに病室のベッドで、あんなに真っ青な顔で切羽詰まった表情の瑞希さんに、NOを伝えるのはとても苦しかった。はっきり言えなくて、眼鏡をかけたうさぎのぬいぐるみを有さんに渡してもらった。それが答えだと、瑞希さんならわかってくれると思ったから。<br />「卑怯じゃないですよ」<br />「いいえ、卑怯だったわ」<br /> 瑞希さんは瑞希さんらしくないくらい、きっぱりと言った。<br /> それから少し顔を曇らせたから、具合でも悪いのだろうかとあたしは心配になる。<br />「それなのに…」<br /> 瑞希さんが胸を押える。<br />「大丈夫ですか?どこか、苦しいですか?」<br /> 慌てて訊いたあたしに、瑞希さんが首を振る。<br />「信じたくないの、いまでも。氷川先生と沢口さんが…その…」<br /> ああ、そういうことか。 誰から訊いたんだろう。<br />「離れ離れになったってことですか?」<br /> 思い切ってそう言ったけど、瑞希さんの前でどうしても「別れた」とは言えなかった。<br /> だって、別れたんだろうか?違う、いっそのこと有さんに捨てられた、の方があたしは傷つかない。だってあたしの心は、いまでも有さんのものだから。<br />「本当、な、の?」<br /> なんて答えればいいのかわからなくて、あたしはちょっと唇を噛む。<br /> よく有さんに、「俺の仔猫を、俺の仔猫が傷つけるのは許さない。菜乃果、唇を噛んでは駄目だ」って言われたっけ。<br /> そんな些細なことすら、思い出すと目頭が熱くなる。<br />「ご、ごめんなさい」<br /> 涙が滲んだ訳を誤解した瑞希さんが、慌てた様に謝る。<br />「ち、違うんです。ちょっと…思い出してしまって」<br />「…氷川、先生の、こと?」<br /> 遠慮がちに確認する瑞希さんに、あたしはこく、と頷く。<br />「もしか、して…まだ忘れ、られ、ないの?」<br /> あたしはまたこく、と頷く。<br /> 忘れられるわけがない。だって、あんなに、あんなにも素敵なひとなんだから。あたしにとって唯一の、出逢ってしまったひとなんだから。<br />「ごめんなさい」<br /> もう何度目かわからない謝罪を、瑞希さんがまたする。<br />「もう、謝らないでください」<br /> あたしは恥ずかしくなって、瑞希さんを上目遣いに見た。<br /> そんなあたしの両手を、瑞希さんが両手で握る。その力の弱さに、どきっとする。<br />「忘れないで。きっと沢口さんのその想いは、いつか報われるわ」<br /> 両手の力のなさとは真逆の力強い言葉に、あたしははっとした。<br />「そうでしょうか?」<br />「あたし、祈るわ。毎日、必ずふたりのことを」<br /> そんな…。<br /> 瑞希さんが祈らなければならないことは、ほかにもいっぱいあるはず。<br />「ありがとうございます」<br /> それでもあたしは、瑞希さんにそう言った。瑞希さんの気持ちが、素直に嬉しかったからだ。<br />「ねぇ、瑞希さん。瑞希さんの方はどうなんですか?」<br /> なんだか恥ずかしくなって話題を変えた途端に、瑞希さんの頬にかすかに赤みが差した。え、もしかして。<br />「恋、してます?いま」<br /> ほんの微かにだけど、瑞希さんが頷いた。<br />「わぁ、誰?誰とですか?」<br /> きっと両思いだ。だって瑞希さんの性格から言って、片思いならこんなに恥ずかしそうに頷いたりしないはずだ。<br />「新しく、お世話になることになった、病院の…」<br />「主治医?」<br /> 今度ははっきりとわかるくらい、瑞希さんの頬が染まる。<br />「うわぁ、おめでとうございます!」<br />「おめでとうだなんて…まだ、その、なんて言うか」<br /> はじまったばかり…なんですね、きっと。<br />「でもでも、両思いなんですよね?」<br /> ここは核心を突くべきだ、うん。<br />「君を任せてって、言ってくれて…」<br /> うんうん。<br />「病気のことも、僕が絶対に治して見せるって…」<br /> 凄い、これは頼りになりそうな彼だ。<br />「瑞希さん、大丈夫。これから瑞希さんは、たくさんのものを持てますよ」<br /> あなたは何でも持っている、と瑞希さんからかつて言われたことを思い出しながらあたしは言った。<br />「そう、かし、ら?」<br />「そうですよ!」<br /> 嬉しかった、自分のことのように。瑞希さんも、この日一番の笑顔を見せてくれた。<br /> よかった、本当に。<br /></span><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img 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  • Date : 2017-04-01 (Sat)
  • Category : アイス
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