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Author:mikazuki0602
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⑪仁王立ちの来客

 三代目が加わっての久しぶりのミーティングは、とても充実したものだった。 並木さんは話したくてしかたなかったアイデアを次々と提案して、ふたりで考えたブランド・コンセプトも三代目に興味を持ってもらえた。「方向性が見えてきましたね。ブランド・コンセプトはもう少し揉んで、いくつかのキーワードに落とし込んでみてください。それをもとにデザイン・コンペを行いましょう」 わくわくする。いよいよ動き出した感があっ... <span style="font-size:large;"> 三代目が加わっての久しぶりのミーティングは、とても充実したものだった。<br /> 並木さんは話したくてしかたなかったアイデアを次々と提案して、ふたりで考えたブランド・コンセプトも三代目に興味を持ってもらえた。<br />「方向性が見えてきましたね。ブランド・コンセプトはもう少し揉んで、いくつかのキーワードに落とし込んでみてください。それをもとにデザイン・コンペを行いましょう」<br /> わくわくする。いよいよ動き出した感があって、並木さんの顔も期待感に輝いている。<br /> そんな中、いい意味でも悪い意味でも平常運転なのが浅野さんだ。<br />「あのさぁ、今度からこういうミーティングに、俺いらねぇだろ」<br />「何言ってるんですかっ!浅野さんもスタッフの1人なんですよ、もっと自覚持ってください」<br /> 並木さんにぴしりと怒られて、浅野さんはふくれっ面になる。子供ですか?<br />「だってさぁ、俺、女の服になんか興味ないんだよ」<br />「その興味のないプロジェクトに、なんで加わったんですかっ!」<br />「い、いやぁ。それはさぁ、ほれ…」<br /> 浅野さんは薄笑いをしながら、あたしと三代目を交互に見る。<br /> ん、なに? わからない。<br />「興味はなくても、これから被写体にするものの方向性なりイメージをきちんと把握しておくことは大事です」<br /> 三代目も、きっぱりと釘を刺す。<br />「あ、女の服には興味ないけど、女には興味あるから、俺。いい写真は撮るから、その点は大丈夫」<br /> ふざけたことを言う、ある意味ブレない浅野さんに、並木さんがしれっと言った。<br />「商品カタログは、置き撮りにしよっかなぁ」<br />「なっ、モデルじゃないのかよ、リオン」<br />「だって、カメラマンが下心見え見えで撮影したりしたら、ブランドの品性が地に落ちそうだもん」<br />「おまっ、それはほら。俺だってプロだから、写真はちゃんと撮るよ」<br /> どーだか、とそっぽを向く並木さんと浅野さんの掛け合いに吹き出してしまう。<br />「おい、菜乃介。お前も、何とか言えよ」<br /> 社会人になり浅野さんと一緒に仕事をするようになって、あたしの呼び名は「女子大生」から「新米OL」を経て、「菜乃介」に落ち着いた。<br /> 並木さんは最初からちゃんと名前で呼んだのに、なんであたしは菜乃果ではなく「菜乃介」なのかさっぱりわからない。<br />「はいはい。まぁ、大袈裟ですけど、洋服は女性の生き方みたいなもんですから。浅野さんは、私たちのブランドを選んで着てくれる女性像みたいなものを撮ってくださいよ」<br /> 何気なく言ったつもりなのに、三代目と並木さんが驚いたような眼であたしを見る。<br />「へ?あ、あの…」<br />「菜乃果ってさ」<br />「う、うん」<br />「100回に1ペンくらい、もの凄く真理を言うよね」<br /> 100回に1ペンて…。もの凄く、確率低い気がするんですけど。<br /> 案の定、ぶはっと浅野さんが噴いている。<br />「ああ、もうそろそろ昼だぁ~。俺、帰るから」<br /> 落ち込んだあたしにそう言って、浅野さんは企画開発事業部の部屋を出て行った。<br /><br /> と、思ったのに。<br />「おい、菜乃介。会社の前に仁王立ちしてるオンナが、沢口菜乃果を呼べって言ってるぜ」<br /> だ、誰ですか、それ。 しかも、仁王立ちって…。<br />「なに、痴話的な?」<br /> 並木さんが、心配と好奇心が入り混じった顔で訊いてくる。<br />「まさかぁ。あたしの身辺、浮いた話なぁんにもないもん」<br /> だよね、って自分に確認してみる。うん、有さん以外に男の人の影もないし。びっくりするくらい、きれいさっぱり潔白だ。<br />「だよな」<br /> って、浅野さん。そこ、肯定するとこじゃないでしょ。まぁ、事実だからいいですけど。<br /><br />✵ ✵ ✵<br /><br />「り、りこさんっ!?」<br /> 恐る恐る行ってみた会社のビルの真ん前にいたのは、なんと、りこさんだった。しかも腰に両手を当てて、見事な仁王立ち。まるで仁王立ちのお手本のようだ…って、感心している場合ではないが。<br /> ぽかん、としてしまったあたしに、りこさんはずぃと詰め寄ると有無を言わさない感じで詰め寄った。<br />「時間ある? というか、昼休みでしょ?お昼、つきあいなさい」<br /> <br /> 目の前を、りこさんが、ずんずん歩いて行く。<br /> その後ろ姿を追いかけながら、ああ、レイカ・インターナショナルのメイン顧客って、きっとりこさんの様な人達なんだろうなぁと思う。<br /> 隙のないメイクに毛先の流れまでセットアップされた髪、今シーズンとわかるデザインのワンピースに、海外ブランドの靴とバッグ。<br /> 細すぎず、太過ぎず、メリハリのあるボディは、きっとプロの手できちんとケアされている。お金をかける楽しみも成果も知り尽くしている日常、経済的に自立しなくても全然困らない未来。<br /> それを羨ましいかと問われれば、意外にそうでもないのは、いま自分が仕事にやりがいを感じはじめているおかげなのだと思い当った。<br /> そんなことをつらつら考えているあたしの前で、りこさんが突然立ち止まって振り向いた。<br />「ここで、いい?」<br /> いいもなにも。りこさんの口調にも態度にも、逆らうことを許さないものがあって、あたしは素直に頷いた。<br />「はい」<br /><br />✵ ✵ ✵<br /><br />「いらっしゃいませ」<br /> と出迎えた和服の上品な女性に、りこさんは慣れた様子でこう言った。<br />「個室、空いてるかしら」<br /> にこやかに頷いた女性が、どうぞと店の奥へ案内する。<br /> 個室と言ってもゆとりのある部屋へ通されて、あたしはりこさんと向かい合って席に着いた。めっちゃ気圧されながら。<br />「松花堂でいいかしら?」<br /> またしても、りこさんが有無を言わさない感じで問う。メニューもまだ見ていないあたしに、嫌と言う選択肢はなかった。<br />「じゃ、それ二つ。時間があまりないから、急いでほしいの」<br /> りこさんが、あたしの昼休みの時間を気遣ってくれたのはありがたかった。<br /> かしこまりました、と言って下がった女性と入れ替わるように、別の女性がおしぼりとお茶を持ってきてくれた。<br /><br />「時間もないことだし、単刀直入に言うわね」<br /> 時間があったとしても、りこさんならそうするだろう。そう思ったあたしは、こく、と頷いた。<br />「有さんと、別れたって本当なの?」<br /> まさに単刀直入、素晴らしくストレートだ。<br />「別れた、んでしょうか?」<br /> それに対するあたしの答えは、この期に及んでもの凄く曖昧で。<br />「って、あなた。何言ってるの? 別れたって意識ないの?」<br /> りこさんが驚いたように、眼を剥いて畳みかけてくる。<br />「たぶん、別れたんだ、と思います」<br /> 相変わらず、キレの悪い返答のあたしに、りこさんがイライラし出したのがわかる。<br /> だけど、あたしにもわからないのだ。確かに有さんは、待たないでくれと言った。だけど、もう嫌いになったとは言わなかった。あたしも、嫌いじゃない。嫌いどころか、うっかりすると日に何度も思い出してしまうほど大好きだ。<br /> あたしの心の一番深いところに、いまも有さんが居て「菜乃果」という声を訊かないようにするのが難しいくらいなのだ。<br />「たぶんって…あなたねぇ!」<br /> りこさんが、テーブルに拳を握った両手を置く。少し前のめりに強い視線を向けられて、あたしはなんだか申し訳ない気持ちになって来た。<br /> 一瞬、絶句したりこさんが再び口を開こうとしたとき、松花堂弁当が恭しく運ばれてきて、りこさんの勢いを削いだ。<br /><br />「ま、まあ、いいわ。取りあえず食べましょう」<br /> 松花堂弁当の蓋を開けるりこさんに倣って、あたしも艶やかな塗りの蓋をそっと開ける。<br /> 会議が終わる頃には確かにお腹が空いていたはずなのに、綺麗においしそうに可愛らしく整えられたお弁当を見ても、食欲がまったくわかない。<br /> だから少し冷えたお茶を、ずず、と飲んだ。<br />「有さんは、あなたに何て言ったの?」<br /> 綺麗にネイルを施した指で、お箸を上品に扱って、りこさんは炊き合わせの野菜を摘む。<br />「待たないでくれって」<br />「待たないでくれ? 別れてくれ、ではなくて?」<br />「はい」<br /> 何から手をつけていいかわからないまま、行儀悪く迷い箸をした手を止めて、あたしは頷いた。<br /> あのときのことを思い出すと、あのときの有さんの切なそうな苦しそうな顔を思い出すと、息が苦しくなる。いつも理知的で冷たいほど冷静な表情を歪めて、有さんは言ったのだ。 「待たないでくれ」って。あたしはあたしなりに食い下がったと思う。<br /> でも、でも。<br /> 有さんが辛いだけなら、あたしはその辛さをなんとかして、少しでも楽にしたいと思っただけなのだ。<br /> <br />「それは別れてくれってことかって、確認したんでしょう?」<br /> さも、それは当然と言う風に、りこさんが訊く。<br />「い、いえ…」<br />「はぁ?!」<br /> りこさんが綺麗に塗られた口紅が少し落ちた唇を、ぽかんと開けて呆れ切った眼を向ける。<br /> なんだか、居たたまれない。<br />「なんで、確認しないのよ!」<br /> そんなこと、そんなこと、確認なんかしたくない。だってそれを確認してしまったら…。<br /> あたしは有さんが好きで、有さんだけが好きで。有さんの籠の鳥で、だから、籠から出されたら死んでしまうから…。<br /> たとえ鳥籠の扉が間違って開けられても、隅の方にじっとして、小さく小さく身を縮めて、決して自分から出て行くことはしないのだ。そう決めたんだから。<br /><br /> 俯いて黙ってしまったあたしにイライラした様子で、りこさんは続ける。<br />「じゃ、待つとは言ったんでしょう?」<br />「それでも、待たないでくれって…」<br />「それで、はいって答えたの?」<br />「え、えっと。最後は、何も言いませんでし、た…?」<br />「はぁっ?!」<br /> りこさんが再び、目をくわっと見開いて盛大に呆れる。<br /><br /> だって、仕方ない。「待つ」と言い続けたって、有さんを苦しめるだけ。<br /> でも、あたしにはわかっていた。有さんを忘れることなんてできないって。きっとこれから先も、いつまでも、有さんだけがあたしの飼い主、あたしは有さんだけの仔猫。<br /> だから飼い主に捨てられたら、あたしは何処へ行けばいいんだろう。ずっとずっと、飼い主を探して、にゃあにゃあ泣き続けているしかない。にゃあにゃあ泣いて、声が涸れて、彷徨い疲れて、静かに目を閉じるまで。<br /><br /> その後もりこさんは、あたしに核心的な答えを、明確な事実を求めてことごとく失敗し、最後はあきれ果てたまま匙を投げた。 <br /> この単刀直入、ストレートの塊みたいなりこさんが…。<br />「疲れたわ」<br />「スミマセン」<br /> 新しいお茶を持ってこさせたりこさんが、ふぅ、と一つため息をついてそれを飲む。<br /> なんだか、本当に申し訳ない。<br />「あなた、それでいいの?そんな曖昧な状態で」<br /> それに対する答えだけは、明確だった。<br /> 待たないでくれと言われても、待ってしまう。たとえ別れてくれとはっきり告げられても、あたしは忘れない。<br /> 有さんを好きでいること、籠の鳥でいること、捨てられても有さんだけの仔猫でいることは変わらない。変えられないのだ。<br />「有さんが好きです。たぶん、ずっと。それだけは、曖昧じゃないから」<br /> 思わず沈黙したりこさんが、あたしをじっと見る。<br /> だけど、今度はあたしも眼を逸らしたりしない。それだけが、あたしのとって真実だから。<br />「答えを出すことが必要なんじゃなくて、真実が必要なんです」<br /> 何故、そんなことを言ったのかわからない。でも、それは今のあたしの気持ちに一番近いもので。もちろん、りこさんには伝わらなかったけど。<br />「新しい恋、とか、すれば?」<br /> そんなもの。有さんの替わりがいないように、替わりの恋なんていらない。<br />「仕事がありますから、それでいいんです」<br /> りこさんは、心底可哀想なものを見るような眼で、あたしを見た。<br />「あなたがいいなら、別にいいけど」<br /> それから徐(おもむろ)に、ほとんど手をつけていないあたしの眼の前のお弁当に目を移す。<br />「包んでもらう?」<br /> 頭を振ったあたしに、りこさんは「お金はいらない、あたしが誘ったんだから」と言った。<br /> あたしは頭を下げて個室を出て、会計で値段を訊いた。メニューさえ見なかったから、値段がわからないのだ。でも会計の人は、りこさんに言われているからと頑として受け取ってくれなかった。<br /><br /> 仕方なく店の外へ出て、会社へ戻る。<br /> その途中で、涙が滲んできた。<br /> 有さん、いま何してるの?お母さんのお世話をしているの?それとも仕事?絵を描いているとか?その絵は誰の絵?きっときっと…。<br /> 涙くらい流れたって全然構わない、構うもんか。そう思って交差点で立ち止まったとき、道の反対側に三代目が立っているのが見えた。だから、あたしは慌てて頬を伝う涙を拭った。<br /> 信号が変わって、道の途中で三代目とすれ違う。<br />「行ってらっしゃいませ」<br /> どこか取引先へ向かうだろう三代目に、あたしは笑顔でそう言えた、はずだ。<br /> 三代目は、無言で頷いて去って行った。</span><br /><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br /><br />
  • Date : 2017-03-12 (Sun)
  • Category : アイス
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