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⓾三代目とサボテン

「うぉわっ、専務。お、お疲れさまです」 不意を突かれて、思わず変な声出しちゃった…。「お疲れさま。沢口さん、独り?」「あ、はい。つい5分くらい前まで、並木さんもいたんですけど…」「そう」 三代目はそう言って、あまり広くない部屋を見渡すと、ふ、と笑った。「事業部の仕事部屋らしくなってきましたね」 三代目はパソコンが置かれたデスクや会議用小テーブル、あたしが持ってきて窓辺に飾ったころんとしたサボテンの鉢... <span style="font-size:large;">「うぉわっ、専務。お、お疲れさまです」<br /> 不意を突かれて、思わず変な声出しちゃった…。<br />「お疲れさま。沢口さん、独り?」<br />「あ、はい。つい5分くらい前まで、並木さんもいたんですけど…」<br />「そう」<br /> 三代目はそう言って、あまり広くない部屋を見渡すと、ふ、と笑った。<br />「事業部の仕事部屋らしくなってきましたね」<br /> 三代目はパソコンが置かれたデスクや会議用小テーブル、あたしが持ってきて窓辺に飾ったころんとしたサボテンの鉢などを一通り眺めた。それから壁に並木さんが貼ったファッション雑誌の切り抜きやメモなどを、一つ一つ確認しながら微笑んだ。<br /> それからふと気がついたように、訊ねた。<br />「このサボテン、どうしたんです?」<br />「あ、殺風景だったので」<br />「花じゃなくて、サボテン?」<br />「花は涸れるから、淋しくて。でもサボテンはちゃんと可愛がれば、ずっと変わらずにいてくれるから。それに可愛くないですか、サボテンって。トゲトゲしてるくせに、花はびっくりするくらいきれいなんですよ」<br />「そうなんですか?」<br /> そう、サボテンは可愛い。一生懸命、自分のトゲで自身を守ってるところも、毎年健気に本当にきれいな花を咲かせるところも、あたしは大好きだ。<br /> 三代目がちょっと不思議そうな顔で、サボテンとあたしを交互に見るから、バツが悪くなって話題を変えた。<br />「そ、そうだ。専務、明日のご予定は?」<br />「明日?ああ、終日出張です」<br />「そうですか…」<br /> なんだ、明日もいないのか、と少しがっかりしたあたしに、三代目が訊ねる。<br />「なにか、ありましたか?」<br />「あ、その。並木さんの発案で、専務に提案したいことがあって」<br /> ほう、と三代目が興味を示した。<br />「で、でも。それは彼女のアイデアなので、できればちゃんとしたミーティングの場で…」<br /> 三代目が今度は、少し考える表情になった。<br />「沢口さん」<br />「はい」<br />「あなたは、非常に律儀だ」<br />「は?」<br /> おそらく、きょとん顔になったあたしを、専務は楽しそうに見る。なんだか、こんなリラックスした表情の三代目は久しぶりだ…って、いつ見たんだっけ。思い出せない。<br />「おそらく、並木さんも同じタイプなんでしょう。うん、私はこのチームに恵まれたな」<br /> いや、並木さんはともかく、あたしは猫の手にもならないド素人で。なんのアイデアも結果も、まだ出していないし。<br />「沢口さん」<br />「はい」<br />「あなたと並木さんは、変わらずにいてください。そうだな、サボテンみたいに」<br /> は? どういう意味?<br /> おそらく、今度はあたしの顔は疑問だらけになっていたんだろう。 くすり、とこれまためずらしく笑った三代目がこう説明してくれた。<br />「企業というのは、仕事というのは、足の引っ張り合いです。社内でも、社外でも。そんななかで信頼できる仲間と出会えること、まして一緒に仕事ができることは本当に数パーセントだと私は思っています」<br />「は、はぁ」<br />「でも、あなたと並木さんは、社会人1年目で…おっと並木さんは違いましたね。ともかく、20代の初めで、そんな仲間に巡り合えるなんて、あなた方2人はとても運がいい」<br /> そういうものなんだろうか? <br /> でも、じゃあ、三代目は? 信頼できるスタッフはどれくらいいるんだろう? 浅野一族だから、当然一目置かれてはいるものの、なんとなく孤独の匂いを纏(まと)っている気がずいぶん前からしていた。<br />「その強い運を、大事にしてください」<br /> 三代目は、そう言うと今度は真顔になった。<br /><br />「それと、もう一つ」<br />「は、はい」<br />「あなたに、お礼を言わなければなりません」<br /> お礼? あたし、三代目にお礼を言われるようなことしたっけ?<br /> あたしは戸惑い、その気持ちはおそらく正直に顔に出てしまったと思う。<br />「え、と…」<br />「兄の事です」<br /> 浅野さんのこと?<br />「あなたが契約社員でもいいと言ってくれなければ、兄がこの会社に関わることは一生なかったかもしれません」<br /> 一生…て、それはまたずいぶん大袈裟な。<br />「い、いや。お礼を言わなければならないのは、あたしの方です。浅野さんと専務のお蔭で、就職浪人せずに済みました。フリーターにならずに済みました。いまさらですが、ありがとうございました」<br /> 本当に心から感謝しているあたしは、その気持ちを込めて三代目にお辞儀をした。<br />「あなたは、不思議な人だ」<br />「ど、どういう意味、ですか?」<br /> イマイチ、三代目の真意が掴めないあたしは、そう訊いた。<br />「兄が借金しに来たときも、あなたが一緒だった」<br /> い、いや、それは偶然で。 でも、あの偶然がなければ、あたしはインターンシップをさせてもらえることもなかったんだなぁ。<br />「そして今回は、兄が…」<br /> そう言いかけて、三代目ははっとしたように言いかけたことを止めた。<br />「浅野さんが…?」<br /> どうしたと言うのだろう。<br /> だけど三代目は、明らかに話の方向を変えた。<br />「母は、社長は、ああ見えて兄の事を大変心配しています」<br /> それは、そうだろうと思う。だって三代目と違って、明らかに不肖の息子っぽいからなぁ。<br />「はぁ。やっぱり、母親なんですね」<br /> それしか思いつかないことを言ったあたしに、三代目は少し表情を歪めた。<br /> あれ? どうしたの? あたし、なんか変なこと言った?<br />「そうですね、母親ですからね」<br />「は、母親って、心配性ですものね。それに専務と違って、浅野さんはあんなだし。で、出来の悪い子ほど、可愛いって言うか…」<br /> いけない、口が滑った。いくらなんでも、浅野さんに失礼か。<br />「母親なら、出来の悪い子でも可愛い、か…」<br /> 三代目はそう言って、少し淋しそうな眼をした。<br /> どうしたんだろう、社長は明らかに三代目を信頼して、仕事を任せていると思うのに。きっと、自慢の息子のはずだ。<br />「兄の、あれは…」<br /> 三代目は酷く言いにくそうにして、目を伏せた。それからおもむろに顔を上げると、こう言った。<br />「私のせいかもしれません」<br /> え? どういう意味?<br /> 次に三代目が言った言葉は、あたしの疑問にさらに拍車をかけた。<br />「兄はああ見えて、弱者に大変優しいところがある」<br /> 弱者って、誰? まさか、三代目の事じゃないよね? どう見ても浅野さんの方が負けてるし。でも、それは弱者とは違うか…。<br /> 混乱するあたしの疑問を解いてくれないまま、三代目は腕時計を見た。<br /><br />「おっと、もう8時ですよ。今日は、残業代がつかないはずです」<br />「あ、スミマセン」<br />「明日、経理の児島さんに残業代の申請をしてください。事後申請の許可は、私から伝えておきます」<br />「い、いえ。今日は、あたしが自主的に残っていただけですから」<br />「でも、仕事をしていたんでしょう?」<br />「い、いやぁ。仕事が遅いから、トロいから時間がかかっただけで。そんな半人前のクセに、残業代の申請なんてできないです」<br /> 三代目はほんの数秒、不思議なものを見るような眼であたしを見た。<br />「そうですか。でも、自分を半人前だなんて思うのは止めてください」<br />「あ、はい。スミマセン」<br /> あたしは、ぺこりと頭を下げる。<br />「ふ。謝らなくていいですよ」<br /> 三代目は、笑顔で言った。 <br />不思議な日だ、三代目の笑顔をこんなに見るなんて。それに、こんなにふたりだけで話したのも初めてだ。意外に、話す人なんだなぁ。<br />「さあ、もう帰ってください。あ、それと明後日はミーティングをしましょう。そうだな、10時くらいからなら大丈夫でしょう。並木さんにも、そう伝えておいてください」<br />「はいっ!」<br /> あたしは、思わず張り切った声を上げた。よしっ!デザイナーのコンペの件、提案できる。それとブランド・コンセプトも、もっと並木さんと固めておこう。<br /> 三代目は、入口まであたしを優雅にエスコートするようにして見送ってくれた。<br /> そして、言った。<br />「サボテンの花、見てみたいですね。あのサボテンは、どんな花をつけるか楽しみです。では、お疲れさまでした」<br />「あ、お疲れさまでした」<br /> あたしはぺこりと頭を下げると、入口の所で三代目と別れた。<br /><br /> サボテンがどんな花をつけるか楽しみだ、なんて。そうだな、うん。あたしたちもサボテンに負けないくらい、仕事でいい結果を咲かせないと。<br /> あたしは、再び決意を新たにした。<br /> そして…。<br /> きっと彼はまだ仕事があるんだろうな。ホント、体を壊さないでほしいな。<br /> それから…。<br /> あの一瞬見せた、淋し気な表情は、なんだったんだろう。</span><br /><br /><br /><a href="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access2.php?citi_cont_id=357034555" target="_blank"><img src="http://www.alphapolis.co.jp/cont_access.php?citi_cont_id=357034555&size=88" width="88" height="31" /></a><br /><br />
  • Date : 2017-03-11 (Sat)
  • Category : アイス
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